今日のテーマ『携帯電話』
えーっと、まず何から書けばいいんだ。やはり事情の説明かな。
最初に断っておく。俺はこのブログ(だか何だかすらわからん妙な駄文)の作者ではない。 いや、いまこの文章を書いているのは俺なんだが、つまり、普段の書き手とは別人というわけだ。
このページは、劇団「月の砂漠」代表であるMM氏が毎回不定期に書いているんだが、ここ数週間、更新が滞りがちになっている。
「ごく少数とはいえ、一応、いつも目を通してくれているありがたい読者がいるんだから、さっさと新ネタ書けよ、しょこたん見習えよ」
という趣旨のことを、俺はMMに言ったのだが、MMの奴、あの“事件”の傷をまだ引きずってやがって、てんで書きゃしねぇ。 仕方がないので、劇団員であり、何の因果かMMのおもり役なんていうめんどーくせぇポジションに付いてしまった俺が、代筆、とでも言ったらいいのか、まあ、今回に限ってこのページを担当しているわけだ。
以上。前置き終わり。
さて、何を書くかな。やっぱり、あの“事件”のことかな・・・
“事件”なんて言っても、全然たいした話じゃねぇんだ。 わざわざ“ ”とか付けて強調するようなことでもない。付けた方が何となく雰囲気が出るかなぁと思っただけだ。 本当に馬鹿げた話なんだ。
俺は、MMみたいにもったいぶった言い回しが好きじゃねぇ。だから最初に結論を書く。 “事件”ってのは、MMの携帯電話が壊れた話だ。
あの日、俺とMMは、U駅で待ち合わせをしていた。 劇団関係者の公演を見に行った、んだっけな。忘れちまった。俺は過去にはこだわらない性質なんでな。 まあ、とにかく、MMと会う予定だったわけだ。
ところが、U駅はやたら広い。おまけに、その日は多少遅刻気味だった。 駅構内の集合場所まで、上手く辿り着けなかった。 そこで、俺はまあ、当然の礼儀として、MMに電話した。
電話は繋がった。 が、MMの声がちっとも聞こえて来ねぇ。 こちらの通話状況が悪いのかなと思い、携帯の液晶画面を見た。アンテナは普通に立っている。ちょいと若者ぶって言えば、バリ3? ってことは、MMの方が悪い。俺は電話を切った。 そのうち、向こうからバックコールが来るだろう、って思っているうちに来やがった。
「もしもし」 「・・・」 「もしもーし」 「・・・」
嫌がらせか? そう思ったね。無言電話とは失礼な奴だ。 俺は電話を切った。 すると、すぐにMMからのメール。 改めて待ち合わせ場所を指定して来た。 いまいち状況が飲み込めないまま、俺は指定の場所に移動した。
MMと落ち合い、発車寸前で目的の列車に飛び乗る。今日の行き先はちと遠い。都心の電車と違って、北へ行く列車は本数が少ない。 車内で空席を見つけ、そこに我先へ駆け寄り腰を降ろしたMMに哀れみを覚えつつ、俺も隣りの席へ座る。
「いや、違うんだよ」
唐突にMMの弁明調の言葉。何がどう違うのかさっぱりわからん。
「電話だよ電話。ちょっとおかしくてさぁ」
ああ、何だ。さっきの無言電話の件か。すっかり忘れていた。俺は過去に捕らわれない男で有名だからな。
「電話でさ、声が聞こえないんだよ」
なるほど。不可抗力というわけか。よし、許す。 何と俺は寛大なんだろう。そんな自分にうっとりだ。
「何で電話できないんだろう?」
土砂降りの雨に打たれた子犬のような目で、MMは俺の顔を覗き込んだ。 何で電話が出来ないのか。 俺の知る限り、その理由は多くない。俺は答えてやる。
「電話した場所が圏外だった」 「ううん、バリ3だった」
バリ3・・・。若者っぽい。ちょっと腹立つ。
「じゃあ、バッテリー切れ」 「いや、残量フルだよ」 「自分でも気付かないうちに、受話音量ゼロにした」 「えっ? 受話音量って調節できるの?」
忘れてた。こいつは機械音痴だった。
「何でかなぁ、おかしいなぁ」
一人で首を傾げているMMに、俺は“通話が出来ない理由”の最後の可能性を告知した。
「壊れたんじゃねぇの?」
しばしの沈黙。 の後で、MMが笑い出した。
「ははは、そんなわけないよ」
え、何で?
「だって、メールできたもん」
いやいやいや、ちょっと待てと言いたい。っていうか、言った。
「ちょっと待て。つまり、電話機能だけ壊れたんだろ?」 「馬鹿な。うちのケータイに限って壊れたりしないよ」
嗚呼、何て愚かな男なんだMM。思わず、ああ、を、嗚呼、と漢字表記してしまった。深い意味はない。何となく雰囲気が出るかなと思って。
お前は娘を溺愛する父親か? 『万引だって? ははは、うちの娘に限って』 って言ってる親バカさんか?
「だって、メールできたもん」 「・・・いや、だから、メールができても」 「iモードもできるもん」 「だから、電話機能だけが」 「だって・・・だって」 「泣くなー!」
ああもう、こいつめんどくせぇ・・・
「何? MMの携帯、壊れたの?」
俺達の対面に座っていた、きのこみたいな髪型をした奴が喋り出した。
そうそう、あの日は俺とMMの二人きりってわけじゃなかった。 他にも何人か同行者がいたんだ。すっかり忘れていた。まあ、俺は過去に縛られないことでお馴染みだからな。
「こ、壊れてないやいっ! ちょっと調子が悪いんだいっ!」
MMがきのこに反論する。 俺はきのこに、 「そうなんだよ、壊れちゃったらしいんだよ」 と、目で合図する。 「可哀相だから、そっとしておいてやれ。あんまり刺激すんな」 さらにアイコンタクトを送る。 きのこも俺を見て、 「そうだな。慰めてやるか」 そう返して来る。
次の瞬間、きのこが自分の携帯をMMに突き付け、
「えへっえへっ、ケータイ♪」
見せびらかしやがった。 何ということをしやがる。アイコンタクト失敗。いや、成功か? MMは泣きべそをかいている。 あ、泣き出しちゃった。 その眼前で、えへらえへらと携帯を振り回すきのこ。 ここは電車内だ、お前ら控えろっ!
「・・・ってゆーかー」
お、MMが泣きやんだ。 ってゆーかー、ってゆーかーなんて女子高生っぽい言い方やめろっ!
「携帯、壊れてないよ」
まだ言うか。どう考えたって壊れただろ?
「ううん。ちょっと調子が悪いだけだよ」
ああそうですか。
「まったくもー、気紛れなケータイさんだなぁ」
俺は迷った。MMは、今まさにこの現実世界から飛び立って、妄想という名の素敵な国の住人になろうとしている。止めるべきや否や?
「ま、俺は扱いにくい方が好きなんだ。ケータイも、女もな」
あれ、何だろう、いまの俺のこの感情。殺意?
「これが、ケータイと付き合う醍醐味だねぇ」
扱いにくい女が好きか・・・ふーん。へー。ほー。
「というわけで、このケータイは壊れてません」
しかしまぁ、なぜこいつは事実を認めないのか。 MMの携帯は壊れてしまった。 100人中100人がそう思うだろうに。 こいつは『往生際』という言葉を知らないのか? 俺の記憶が確かならば、往生際、は高校の必修科目で習うはずだ。 何かの手違いで未履修だったのか? 補習を受けろ補習を。
「・・・」
む、MMが黙り込んだ。どうした?
「何で壊れちゃったんだろう・・・」
あ、認めるのね。
その後、MMは自分と携帯との思い出について、やれ3年にわたる付き合いだっただの、楽しいときも悲しいときも一緒だっただの、まるで失恋話でもするかのように延々と愚痴をこぼし、俺はそれをいちいち慰めながら聞いてやり、きのこはそんなMMの周りでを鬼の首でも取ったかのように笑い転げていた。
これでいいのか。俺の毎日・・・
数日後。 MMからメールが来た。
「新しいケータイ買ったよ〜」
何の話だ? ああ、そうだった。MMの携帯が壊れたんだった。すっかり忘れていた。まあ、俺は過去にこだわらない男で、って冗談だ。さすがに覚えている。 やれやれと溜息を吐いて、俺は返信してやる。
「使い心地はどうだ?」
が。 待てど暮らせど、俺のその優しいお言葉に対しての返事が来やしねぇ。 何と無礼な男だMM、と俺が憤り始めた頃、そうさな、メール送信から二時間も経った頃、やっと返信が届いた。
「返信遅れてごめんね。まだ使い慣れなくて、時間かかっちゃった」
馬鹿な!これだけの短文を打つのに二時間もかけたのか?
思い出した。こいつは機械音痴だった・・・
といったところが、その“事件”の顛末だ。
幸か不幸か、MMも最近はすっかり新ケータイの使い方に慣れた様子で、やたら文面の長い、しかも肩に力の入ったメールを、どこかの誰かにしょっちゅう送っては、その誰かにテキトーに受け流されているらしい。
ま、俺はそんなMMを許すけどな。 ちょっぴりめんどーくせぇ奴だが、どこか憎めん奴ではある。 って、いけねぇ。太宰治みたいなこと言っちまった。 俺は太宰が大嫌いなんだよ。
 |