ある人形のつぶやき
今日のテーマ『ある人形のつぶやき』


 私、ビシソワーズ。
 そういう名前のお人形です。ご主人様の手作りの、フランス人形です。
 今日、私はご主人様に連れられて、コミックマーケット(通称・コミケ)の会場である東京ビックサイトに来ていました。

 コミケとは、漫画や小説の同人誌、音楽CD、映像DVD、そんな数々の自主制作メディアが、それぞれの創作集団によって販売される一大イベントです。
 私は生まれてからの何年か、この時期は必ずここに来ています。
ご主人様は漫画描きです。毎年、コミケでご自分の作品を発表されています。

「さあ、準備を始めようかビシソワーズ」
 ご主人様が、鞄から私を取り出します。私のガラス玉の目に、たくさんの人間たちの姿が飛び込んで来ます。もう見慣れた光景です。
 私の仕事はマスコット。
 ご主人様にあてがわれた、販売会場の一区画、簡素な長机の上にちょこんと座って、お客様を呼び込むのです。私の隣りには、ご主人様が描いた漫画がドスンと置かれています。

「売れるといいね、ビシソワーズ」
 ご主人様が私に笑いかけました。そうですね、私も笑顔で答えます。
と言っても、私は人形です。私の声はご主人様には届きません。それでも、私は言いました。ご主人様が喜んでくれたらいいな。そんな気持ちを込めて。

 ご主人様が、ブースの飾り付けをしたり、釣銭用の百円玉を用意します。私の横に「買ってね」と書かれた可愛らしい字体のポップが置かれます。
その間、私は会場内を見回していました。

 たくさんのブースに、たくさんの人たちがいます。
 コスプレをした人も目立ちます。宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長、マリオ、怪しげな呪術師、エトセトラ。
 みんなご主人様のライバルです。でも、この中の誰よりも、ご主人様の漫画が一番面白い。
 私はそう信じています。


 と。
 私たちの対面のブースに、にぎやかな嬌声を上げた三人組が入って来ました。
 コミケには常連が多く、周囲のブースには顔見知りの姿も多いのです。でも、あの人たちはあまり見掛けない顔です。初参加なのでしょうか。いずれにせよ、ご主人様のライバルには違いありません。私は、彼らをさりげなく観察してみました。


 一人の男性。サングラスをかけ、重そうな革ジャンを羽織った無精ひげの長身痩躯。壁もないのに、なぜか壁によりかかっているように見えます。
A島、と呼ばれたその男性は、冷静な紳士然とした態度と口調で、他の二人に指示を出しています。
 あなどれません。

 その指示に従って、キノコ頭の女の子がてきぱきと動きます。商品の冊子を取り出し、机に無駄なく並べて行きます。若干、えへらえへら笑っているように見えるのはなぜでしょう。しかし、あなどれません。

 もう一人、消防士のレスキュー服のようなスキーウェアをもこもこ纏った男もいます。
 MMと呼ばれた彼も、A島に言われるがまま一生懸命に準備をしていますが、何か指示と全然違うことをしたらしく、キノコにどやされています。
 拗ねた様子で椅子に座ろうとしましたが、
「えへえへ、どけ邪魔」
 キノコに吹っ飛ばされてしまいました。
 あいつはあなどって良さそうです。

 しばらくすると、その三人組の輪の中に、ちっちゃなハムスターが混じりました。
 ハムスターはちょこまかと小走りでやって来て、
「ずびばぜん〜」
 謝っています。遅刻したみたいです。
 MMが、
「困ったハムだ、だいたいお前は」
 などと、偉そうに怒っています。ハムは、はいはいと適当に聞き流しています。
 あれ、いつの間にかMMがキノコにぶっ飛ばされていました。
きっと、お前は何様か、とキノコに逆説教された挙句の顛末でしょう。愚かな男。
 A島はそんな光景をニヒルに笑って眺めながら、懐から煙草を取り出し火を着けようとしました。
 その瞬間、どこからともなく、タレントのイジリー岡田に似た係員が音速のスピードで現れ、A島の煙草を取り上げて去って行きました。
 一体、この集団は何なのでしょうか?


 そうこうするうち、開場となりました。
 大勢のお客さんが会場内になだれ込みます。でも、繁盛しているブースはほんの一握り。
『涼宮ハルヒの××』
 というタイトルの、パロディ&エロの小説がやたらと売れているのが目に付きます。やはり、この世界は二次創作とエロの天下なのでしょうか。
 私のご主人様はオリジナル漫画で勝負しています。エロも好きではありません。売れ行きは苦戦です。

「厳しいねぇ、ビシソワーズ」
 溜息まじりに、ご主人様がつぶやきました。頑張れご主人様。私には、それしか言えません。
 対面の、例の騒がしい連中はどうかと見れば、やはり苦戦しているようでした。

「よし、ハム。セクシー作戦だ!」
 MMが突拍子もないことを叫びました。
「男性客を呼ぶために、お前が一枚ずつ服を脱ぎ」
 みなまで言い終わらないうち、キノコに飛び蹴りされて床を転げ回っています。自業自得です。
「わかりましたっ! あたし、やりますっ」
 と、コートを脱ごうとしたハムスターを、A島が必死に押し止めています。どうやら、ハムスターは冗談が効かない子のようです。
 やがて、MMは拗ねた様子でトイレに立ち、キノコはハムスターを引きずるようにして散歩に出て、後にはA島がぽつんと取り残されました。
 何と言う自由な集団なのでしょうか?


 しばらくして、ハムスターが一人で戻って来ました。自分たちのブースには入らず、私の方に歩み寄って来ました。
 買うのかな、ご主人様の漫画、買うのかな?
 私は期待しながら、ハムスターを見つめました。
「おはよう。ご機嫌、麗しゅう」
 私はハムスターにご挨拶しました。と言っても私は人形です。相手には伝わるわけがありま、
「おはよーさんです」
 ハムスターが頭をぴょこんと下げました。
 伝わりました。私の声が。偶然でしょうか?
「もうかりまっか?」
 私は試しに、覚えたばかりの大阪弁でハムスターに尋ねてみました。
「ぼちぼちでんな」
 ハムスターは妙なイントネーションの大阪弁で応じました。偶然ではありませんでした。
「お名前、何てゆーの?」
 ハムが私に語りかけます。
「えっと、ビシソワーズ」
 答えます。
「かーわいー」
 ハムは私の頭を撫でました。ご主人様が、そんな私たちの様子を見て戸惑っています。

 ご主人様は、決して手先が器用ではありません。
 だから私は、顔も体も、ちょっぴりいびつです。
 ハムは、そんな私を、かわいい、言ってくれました。

「あなたのお名前は?」
 私はハムに聞きました。
「えっとね」
 ハムが本名を名乗ります。めずらしくはない名前。でも、すごくきれいで呼びやすい名前でした。
 私はそのことを伝えようとしました。
「あなたもとってもかわ」
 言い終わる寸前、
「ハーーームーーー、見ぃつけたっ!」
 どこからともなく、例のキノコが光速のスピードでやって来て、ハムをひょいと持ち上げて、どこかへ連れ去って行きました。

 ぽかんとしてしまいました。

 開けた視線の先には、あの連中のブースがあって、相変わらず、閑散としていました。MMがブースを飛び出し通路に出て、全力でお客さんの呼び込みをしています。
「やめろ、マナー違反だ。虫唾が走る」
 A島に怒られて、MMがすごすごとブース内に帰って行きました。
 一体、この集団は何なのでしょう?


 時間が経つのはあっと言うまで、閉会の時間となりました。
 ご主人様の漫画は、あんまり売れませんでした。
「また来年、頑張ろっと」
 ご主人様はそう言いながら、片付けを始めました。
「ねぇ、ビシソワーズ」
 急に語りかけられました。
「仲間、欲しい?」
 そう言われました。
 私は頷きました。強く強く頷きました。人形だから動かないけれど、ほしい、言いました。
「もう一個くらい作ろうかな、新しいお人形」
 嬉しくなりました。
「お前がフランス人形だから、今度は日本人形。それで、来年はここに二つ並べるの」
 嬉しくて、ちょっぴり泣きました。人形だから涙は出ないけれど、私は泣いていました。

 ふと見つめた向こう側には、あの連中がしょうこりもなくワーワーと騒いでいました。ふいに沈黙しました。MMが、A島の冷めた目とキノコの怒りの目とハムスターの哀れみの目にさらされています。きっと、どうしようもないダジャレでも言ったのでしょう。進歩のない男。
 それなのに、MMがどこか嬉しそうなのは、どういうことでしょう?
 人間の世界は不思議なことばかりです。

 そう言えば、今年ももうすぐ終わりです。
 来年も素敵な一年になりますように。
 私は、ご主人様と自分自身と、それと、あの騒がしい連中に向けて、そっとつぶやきました。

【2006/12/31 18:41】 | 月の砂漠 | トラックバック(0) | コメント(0)
青春の1コマ 後編
今日のテーマ『青春の1コマ 後編』


 さて、前回に引き続き、尾崎豊論である。
「尾崎豊って誰じゃらほい?」
 という読者の方、ごめんなさい。

 しかしながら尾崎には、彼を詳しく知らない人々であっても、聞けば「ああ、あれか」と頷くような有名な歌詞もたくさんある。
 例えば『15の夜』のサビ、

【盗んだバイクで走り出す】

 名文である。美文である。
 何てったって七語調である。

 ぼくはこの歌詞にぞくぞくしたのを覚えている。
 基本的にくそ真面目な高校生だったぼくにとって、まずバイクに乗るなどということ、それ自体が禁断の果実であった。バイクに乗ることは不良の始まりだとすら思っていた。

 尾崎はバイクに乗っちゃうのである。しかも、まだ15なのにである。確実に無免許である。
 あまつさえ、親にねだって買ってもらったりせず、盗んじゃうのである。
 きっと、スピード違反もへっちゃらだろう。
 信号無視など朝飯前だろう。駐車違反も平然とやってのけるだろう。
 不良どころの騒ぎではない。

 有名な尾崎の歌詞はまだある。
 その最右翼が『卒業』のワンフレーズ、

【夜の校舎、窓ガラス壊して回った】

 この曲がリリースされた時期は、校内暴力が社会問題となっていた時代と重なる。
 尾崎自身にもそういう経験があったのであろうか。リアリティーのある暴力的な、しかし、どこか物憂げな風景が浮かんで来る。

 ぼくはこの歌詞にも興奮した。窓ガラスを壊すなど、ぼくには想像も付かない蛮行である。
 カッコイイ、俺も、人生で一度くらい、そんなヤンチャをしてみたい。
 そう思っちまったのである。

 だが、現実には、ぼくは尾崎ではなく平平凡凡たる真面目な高校生だった。

 窓ガラスにまつわる話と言えば、確か学校の大掃除の日のこと、班ごとに仕事場を分担しての作業の際、ぼくが所属していた班は、班長がジャンケンで負けたせいで、一番面倒な仕事と忌み嫌われていた窓拭き係になってしまい、しかも、ぼくはその班の中でさらにジャンケンに破れ、教室の外側から窓を拭くという役を押し付けられ、真冬の寒風が吹きすさぶ中、凍えながら雑巾を絞っていたくらいである。
 朝の校舎、窓ガラス拭いて回った。


 尾崎とぼくは、嫌になるほど違っていた。
 だからこそ、憧れたのである。



 そもそも、尾崎豊が昔も今も若者(主にティーン)から絶大な支持を得る最大の理由は何であろうか。
 それは、彼が若者たちの“代弁者”たり得たからであろう。

 前出の『卒業』のこんな一節、

【放課後、街ふらつき俺たちは風の中。孤独、瞳に浮かべ寂しく歩いた】

 あるいは『原色の孤独』では、

【孤独さ、ありきたりの矛盾に身を任せなよ】

 尾崎の多くの歌には“孤独”や“寂しさ”といったフレーズが登場する。
ティーン特有の、どこかナルシシズムを含んだ焦燥や苛立ちや虚無感を、尾崎は見事に語っている。
 それはおそらく、尾崎自身が抱える心の闇を率直に吐露していたものなのだろう。
 赤裸々。そんな言葉が思い浮かぶ。

 だが、決して尾崎は、絶望に彩られた“不の歌”を奏でていたわけではなかった。
 『17歳の地図』のサビを見てみると、

【人並みの中をかきわけ、壁伝いに歩けば、しがらみのこの街だから、強く生きなきゃと思うんだ】

 さらに『僕が僕であるために』では、

【僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない。正しいものが何なのか、それがこの胸にわかるまで】

 あくまでも、尾崎は強く、たくましく、前向きに生きて行こうとしていた。希望を信じようとしていた。
 それがまた、若者の心を打ち震わせるのだろう。
 悲壮なまでの決意。見え隠れするヒロイズム。

 尾崎豊は永遠の高校生だった。
 それが、ぼくの結論である。



 最後に、尾崎にまつわる思い出話をもう一つ。

 ぼくが尾崎にハマっていた頃、S君の影響で、他のクラスメイトたちにも尾崎熱病が蔓延していた。
 そんな中、ぼくらは「尾崎部」を結成した。
 主たる活動内容は、昼休みに教室併設のテラスに出て、校庭でサッカーやら野球やらに興じる体育会系的な連中をぼんやり眺めながら、他人の迷惑にならない程度の声量で尾崎を延々と口ずさむという、それはそれは地味なものだった。

「かったりぃなぁ、午後の授業、サボろうぜ」
「いいねぇ、カラオケ行こうぜ」
「尾崎オンリーでいこうぜ」
 などとワルぶって会話していた。
 が、昼休み終了のチャイムが鳴ると、
「5限何だっけ」
「数学」
「やべぇ、予習してねぇ」
「俺、やってあるよ」
「ノート見せて見せて」
 慌てて席に着いた。
 そんな毎日だった。



 今では疎遠になってしまった「尾崎部」の面々を、たまに思い起こすことがある。
 ある者は普通の勤め人として、またある者は親の家業を継ぎ、さらにある者はうっかり劇団など運営しながら、それぞれの暮らしを営んでいる。
 きっと誰もが、時おり思い出したように、尾崎豊を聞き、口ずさんでいるのだと思う。

 あの頃、ぼくの傍らには尾崎豊が居た。
 恥ずかしくも懐かしい、青春の1ページである。


 今回前回と、少々真面目に書き過ぎた感もあるが、たまにはこんなものもお許しいただければ幸いである。

【2006/12/22 01:24】 | 月の砂漠 | トラックバック(0) | コメント(0)
青春の1コマ 前編
今日のテーマ『青春の1コマ 前編』


 生まれて初めて買った音楽CD(あるいはカセットテープ、もしくはLPレコード)を覚えているだろうか?

 ぼくの経験から言うと、この質問に対して「忘れた」と答える人は少ない。多くの人は、目を輝かせながら、自分の幼い頃の思い出と共に語ってくれるものである。

 ちなみに、ぼくの場合は、
『キン肉マン〜キャラクターソング集1〜』
 なる代物である。
 3、4歳の頃であろうか。当時のぼくは、テレビアニメの『キン肉マン』(いま思えば、再放送だったのかも知れない)にめちゃめちゃハマっており、母にねだって買ってもらったのである。

 収録曲の一つ『アシュラマンのテーマ』を、マッチこと近藤真彦が唄っていたという、もしかしたら超プレミアものの可能性もある作品で、ぼくは今でもこれを大切に保管している。
 もし、誰かから、
「一万円で売ってくれ」
 と言われても絶対に売らない。
 ぼくの思い出はそんなに安っぽくはないのである。
「二万円ならどうだ」
 と言われたら、多分、売る。
 諭吉に二人がかりで攻められたら降参である。


 カラオケで初めて唄った曲も覚えている。
 KANの『愛は勝つ』である。
 確か小学校1、2年生のとき、正月に親族一同で集まったときのことだったと記憶している。
 怖い物師知らずのお調子者小学生は、伯父や伯母から「お前も何か歌えよ」とはやし立てられ、少し緊張しながら、マイクを握った。
 ボーイソプラノの下手くそな歌だったはずだが、拍手喝采を浴びたのはいい思い出である。

「愛は勝つ・・・か。私は勝てなかった」

 盛り上がる場の中で、伯母の一人がぽつりつぶやいた言葉の意味は、今もわからない。


 音楽というものには、人は誰もがそれ相応の思い入れを持って生きていると思う。
「歌は世に連れ、人は歌に連れ」
 そんな台詞さえある。
 洋楽好きなオシャレさんも、八代亜紀を愛するトラックドライバーも、ビジュアル系命のコスプレイヤーも、サントラしか聞かない変わり者も、声優萌えなオタッキーも、みな本質は同じであろう。
 自分の歩み来た半生をプレイバックしたとき、傍らには必ず音楽があるのである。

 ぼくの傍らにも、もちろんあった。
 ぼくには、大いに感銘を受け、一時期、ハマりにハマッたアーティストが居る。

「どうせシャ乱Qだろ?」
 という声がどこかから聞こえて来たが、残念ながらハズレである。
 シャ乱Q(つんく♂)にハマっているのは“一時期”ではない。現在進行形でハマっているのである。

 高校時代のぼくの憧れ。
 それは、尾崎豊である。


 尾崎を知らない人のために、簡単な解説をする。

 尾崎豊は『I LOVE YOU』『卒業』などのヒット曲を生み出し、80年代、若者から熱狂的な人気を集めたソロシンガーである。
 17歳でデビューし、27歳で夭折した。
 早熟の天才、というフレーズがよく似合う。
 尾崎の告別式には、一万人近いファンが足を運んだ。その日の空は土砂降りの雨だったと聞く。
 そして、死後十数年が経過した今でも“尾崎信者”は少なくない。

 尾崎にはいくつもの伝説がある。
 高校の卒業式の前日に退学届を出し、卒業式の当日、学校近くのライブハウスで実質的なデビューを果たし、そのとき唄った歌が『卒業』
・・・というのは、その端緒とも言うべきエピソードであろう。
 ライブで、高さ10メートルのステージセットから飛び降りて足を骨折し、しかしそのまま唄い続けたというクレイジーな逸話も残る。

 ちなみに、尾崎の中学時代の同級生には、元女子バレー日本代表の中田久美が、高校時代の同級生には、俳優の高橋克典が居るが、それは今回の話とはあまり関係がないので詳細は割愛する。


 で、そんな尾崎に、ぼくはハマッた。
 高校一年生のことである。
 ある日の下校時、たまたま寄道したCD屋で、ぼくと尾崎は運命の出会いを果たした。キューピッドは、クラスメイトのS君である。

「尾崎、いいぜ。お前も聞いてみろよ」
 そう言われて、それではと軽い気持ちでアルバムを一枚、レジに持っていた。
 S君と別れ、東横線の車中で、さっそくディスクマンにそれをセット。ほどなく、一曲目が流れる。
 タイトルは知っていた。
『I LOVE YOY』である。

【アイラブユー。今だけは悲しい歌、聞きたくないよ】

 ぼくの全身に稲妻が走った。甘くしゃがれた尾崎独特の歌声に、一瞬でぼくは心奪われた。
 目を閉じて聞けば、苦しげにギターを掻き鳴らしながらも、どこか恍惚としている尾崎の表情が浮かんで来るようだった。
 その日、一度家に帰るとすぐに、財布からなけなしの小遣いを持ち出して、地元の中古CD屋に走った。持ち合わせと相談しながら、店内にある尾崎を買えるだけ買った。
 ぼくは尾崎の虜になった。


 それからのぼくは、にわか、と言えども尾崎信者である。退屈な日曜の午後などは、部屋で一人、ずっと尾崎を聞いているという暗い生活を楽しんだ。
 尾崎は一人で孤独に聞かなくてはならないと思い込みつつ、そんな孤独な俺ってちょっとカッコイイ、と思っていた恥ずかしい時代の話である。

「お前は今でもいろいろ恥ずかしいだろ」
 という声がどこかから聞こえて来たが、驚くなかれ、当時のぼくは、今よりもっと恥ずかしかったのである。


 とにもかくにも、ぼくは、尾崎が紡ぐ歌詞の世界に酔っていた。

 例えば『17歳の地図』のこんな一節。

【バカ騒ぎしてる街角の俺たちの、かたくなな心と黒い瞳には寂しい影が。喧嘩にナンパ、愚痴でもこぼせばみんな同じさ】

 この歌詞に痺れた。憧れた。

 生来気弱なぼくは、喧嘩などしたことがなかった。
 喧嘩と言えば、昼休みにクラスメイトと将棋を指していて、

「待った」
「待ったなし」
「いや待った」
「駄目だ汚いぞ」
「いいじゃん一度くらい」
「いやお前は昨日も待ったした」
「俺の飛車返せ」
「返すもんか、もう俺のだ」
「ケチ」
「ケチとは何だ」
「ケチにケチって言って何が悪い」
「ケチって言った奴がケチなんだ」

 という程度である。

 ましてやナンパなど、である。そんなものにトライする勇気など、かけらも持ち合わせていなかった。
 いなかった、って言うか、今も持っていない。
 ナンパと言えば、ある日の帰り道、久方ぶりに再会した幼馴染みの女の子に、

「ど、どう、帰りにちょっと」
「ちょっと何?」
「ま、マックでジュースでも、お、おごるよ」
「今日忙しいからまた今度ね」
「じゃ、じゃあ、ででで電話番号のこ、交換」
「近々、携帯替えるんだ、そのときに」
「あああ、なら俺の電話番号を教え」
「じゃあまたねー」
「お、おう、ま、またね」

 そんな思い出しかない。

 だが、尾崎はどうだろう。
 尾崎の言う「喧嘩」からは、明らかに“血”の匂いが漂う。“拳”が連想される。
 そして「ナンパ」からは、もっと直接的な“男”のイメージが溢れている。
 ぼくはこうはなれない。
 遠かった。だから、憧れた。

 しかし、そんな尾崎でも、
「愚痴でもこぼす」
 というのである。
 愚痴をこぼすことなら、自慢じゃないが、そんじょそこらの奴には負けない自信がある。まあ愚痴をこぼさせたらぼくは天下一品である。

 尾崎は、ぼくと違っていて、ぼくと同じだった。



 尾崎について語るべきことはまだ沢山ある。
 が、あまり長くなって、このページの数少ない貴重な読者を疲れさせては大変である。
 続きはまた次回に書くことにする。

 そう、これはあくまでも読者のためである。
「うへへ、久しぶりにスラスラ書けるテーマを思い付いたぞ。これは一回で終らせてはもったいない。二回に分けて更新すれば楽ができるぞ」
 などという、ズルいことを考えているわけでは決してない。そ、そんなことあるものか。

 ましてや、例のキノコとの間に、

「なあ、キノコ」
「えへっえへっ、呼んだ?」
「前回のブログなんだけど」
「えへっえへっ、読んだ」
「ワンワードのサイドストーリー、どうだった?」
「えへっえへっ、駄作」
「おぅ」
「えへっえへっ、駄作」
「うるせぇ、二回も言うな!」
「(ぽふっ)」
「あれ面白かっただろ? だって、稽古場でメンバーに読ませたときは、みんな絶賛してくれたぜ」
「(ぽふぽふぽふぽーーーっ)」
「駄作ってことはねぇだ」
「私が言っているのはそういう意味ではない。あの話はあくまでもメンバーへの内輪ウケを前提とした作品であり、それを劇団関係者以外の方も閲覧してくれているこのブログという公的な場において何のてらいもなく発表することは、すなわち書き手である君の驕りであり堕落でありひいては甘えである。私はそうした君の姿勢に猛省を促したく、あえて駄作という言葉を使用させてもらったのだ」
「え、あ、あの、キノコ?」
「(ぽひゅーん)」
「あの、その」
「えへっえへっ、ブログ」
「・・・」
「えへっえへっ、次は」
「・・・」
「えへっえへっ、期待」
「・・・うん」

 なんていうやり取りがあったかなかったかは、全て皆様の想像にお任せする次第である。

 何はともあれ、次回も「尾崎豊論」にお付き合い頂ければ幸いである。
【2006/12/15 05:25】 | 月の砂漠 | トラックバック(0) | コメント(0)
ONE WORD サイドストーリー

今日のテーマ『ONE WORD サイドストーリー』


 ぼくは、一応、劇団の主宰などを務めており、このブログも劇団HPのコーナーの1つとして立ち上げている。
 ならば「たまには演劇に関することでも書いてみようかな」と思っていたところ、嬉しいことに、

「先日の上演作品(ONE WORD)のサイドストーリーが読みたい」

 という声が、ぼくの親友・H田君を始め複数の読者より寄せられた。
 ありがたい話である。

 数少ない貴重な読者の声には答えねばなるまい。それが、お客様サービスというやつである。

 そこで今回は、以前、劇団メンバーたちと稽古中の余興に作ったミニ台本を、掲載してみようと思う。
 先日の当劇団公演をご覧いただけなかった方にはわかりづらい話でまことに恐縮ではあるが、お許し願いたい。

 なお、どうして突然、こういうミニ台本を掲載するかと言えば、繰り返しになるが、あくまでも読者のニーズに答えんがためである。

 決して、作者がネタに困っているわけではない。
 とりあえずこの話で時間を稼いで、その間に何とか新ネタを探さなくては、などという切迫感や焦燥感などまったくない。

 ましてや、団員の“キノコ”との間に、

キノコ「えへっえへっ、ブログ」
ぼく「ああ・・・ブログなぁ」
キノコ「えへっえへっ、書いて」
ぼく「わかってる、わかってるんだが」
キノコ「(ぽふっ)」
ぼく「いかんせん、ネタが」
キノコ「(ぽふぽふぽふっ)」
ぼく「痛いっ! わかった、わかったから胞子を飛ばすなっ」
キノコ「えへっえへっ、早く」
ぼく「もし、書かなかったら?」
キノコ「えへっえへっ、殺す」

 などという、やり取りなんて絶対にない。
 なかった。なかったことにしたい。違う、本当になかった。

 というわけで、以下、ONE WORDのサイドストーリーである。

 ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆


     1

   いつもと変わらぬワンワードのアトリエ。
   グラード、サラ、バルカル、ウラノフ、ペト。
   次回のショーの打ち合わせ中である。

グラード「だから・・・であるからして・・・」
サラ「相変わらず退屈な会議ね、バルカル」
ウラノフ「まあまあ、そう言わずに」
バルカル「時は金なりだぜ」

   と、そのとき。
   ふええ、ふええ、という音が鳴り響く。

グラード「ん、な、何だ?」
ペト「あ、ちょと失礼するです」

   ペト、三次元ポケットから何かを取り出す。
   それはペトの携帯電話。

ペト「あい、もしもし」
ウラノフ「え、いまの着信音?」

   ペト、電話片手に部屋の隅へ。

グラード「ペトが携帯電話を持つとは・・・」
バルカル「時代は変わったぜ」
サラ「って言うか、買ったのかしら?」
グラード「あいつの給料、850円だぞ」
ウラノフ「時給?」
グラード「月給」
バルカル「格差のひどい世の中だぜ」
グラード「誰かからもらったのかなあ?」
サラ「それより、電話の相手は誰?」
ウラノフ「友達ですかね?」
サラ「友達? あいつにいないわよ、そんなもん」
バルカル「そうか。お前と一緒だな」
サラ「(しなる右手)」
バルカル「わきゃんっ!」
ペト「あい、あい、すぐ行くです」

   ペト、電話切る。戻って来て、

ペト「ずびばぜん、ちょと用事あるです」
グラード「あ、ああ、別に構わないが」
サラ「用事って何よ?」
ペト「(ズルい笑顔)」

   ペト、退場。

サラ「な、何か腹立つわね・・・」
バルカル「まぁまぁ、いいってことよ」
サラ「え?」
バルカル「誰にでも秘密くらいあるもんだ(何かを取り出しくわえる)」
サラ「バルカル、ここ禁煙」
バルカル「わーい、ひっかかったー、これは煙草じゃなくてチョコレート
    でしたー、ばーかばーか」
サラ「(かかと落とし)」
バルカル「わ、きゃ、ん」

   バルカルの体からもう一人の半透明なバルカルが出て来た。

グラード「それにしても、一体何だろうな、ペトのやつ・・・」


     2

   ワンワード事務所、厨房。
   ペト、冷蔵庫やら棚をごそごそ。
   両手一杯に食料品を持って退場。
   しばしの後、
   鼻歌混じりにトゥーラ登場。

トゥーラ「♪今日の夕飯、カレーライス、カレーだカレーだ嬉しいな♪」

   トゥーラ、冷蔵庫開ける。
   何も入ってない。

トゥーラ「うおぉ、何でやねん!」

   トゥーラ、大袈裟にコケる。
   床に一枚のメモを発見。

トゥーラ「これは・・・この象形文字にしか見えない言葉の羅列は・・・
    ペト語か!」

   トゥーラ、ペト語を翻訳。
   ペトの目的を知る。

トゥーラ「ペト・・・」

   トゥーラ、ちょっと笑顔。
   あ、でもまた買物に行かなきゃ。

トゥーラ「♪今日の夕飯、ライスカレー・・・あれ、カレーライス、ライス
    カレーどっちだ♪」


     3

   街を歩くペト。
   荷物(食料)抱えて、えっちらおっちら。
   む、前方に真っ白い小さな犬が。

ペト「んあ、あの犬さんは・・・」

   ペトの記憶に忌まわしい過去が蘇る。
   その犬に追い回された過去。
   犬、近付いて来る。

ペト「・・・お、お手!」
犬「・・・」
ペト「お、お手するです!」
犬「(右手を、ペトの手より下に差し出す)」
ペト「(うっかり自分がお手してしまう)」
犬「(ペトの頭をなでなで)」
ペト「うぅぅ、何か違うです・・・」
犬「わん」


     4

   ペト、街を歩く歩く歩く。
   頭の上に犬が乗っかっている。
   やがて、一件の建物が見えて来る。
  「○○孤児院」という看板が見える。
   ペト(と犬)そこに入る。
   中には、修道女が待っていた。

修道女「ペト」
ペト「来たです」
修道女「ペト、いつもありがとうね」
ペト「これ、みんなで食べるです」

   ペト、食料を修道女に渡す。

修道女「本当にありがとう。あなたのお陰でどれほど助かっているか。
    ワンワードのみなさんにくれぐれもよろしく伝えてね」
ペト「あい」

   そこに、たくさんの子どもたちがやって来る。

子どもA「あ、ペトだ」
子どもB「わーい、ペトだペトだ」

   子どもたち、ペトを取り囲む。

子どもA「ペト、マジックやれよー」
ペト「あい、おいらマジックするです」

   ペト、例のマジックを披露。

子どもB「・・・それ、前も見た」
子どもA「たまには違うのやれよー」
ペト「うぅぅ、おいらこれしかできないです」
子どもA「まあいいや、俺はそんなお前を許すよ」
子どもB「ペト、遊ぼ遊ぼー」

   ペト、子どもたちと遊ぶ。
   と言うより、子どもたちに遊ばれる。
   髪の毛わしゃわしゃされたり。
   ほっぺうにうに引っ張られたり。
   ペト、ふぇぇふぇぇ言いながらも笑顔。
   それは、決してペトが、
  「えへっえへっ、みんなに苛められてるです」
   というドM的な快感を覚えているからではない。と思う。多分。

   そんな中、遊びの輪に入れない一人の子ども。

子どもC「・・・」

   ペト、子どもCに気付く。
   近寄っていく。

子どもC「・・・」
ペト「(自分のほっぺをうにょーん)」
子どもC「(笑顔)」
子どもA「こらー、ペトー、逃げるなー」

   ペト、また子どもたちに遊ばれる。
   子どもC、今度は輪に加わっている。

ペト「ふぇぇ、ふぇぇ」

   窓に人影。
   そんなペトの様子を、誰かがそっと見ている。
   あ、トゥーラだ。

トゥーラ「ペト・・・」

   トゥーラ、ハンカチで目尻を抑え、
   ついでに鼻をちーんとかんで、

修道女「こっちです、怪しい女が敷地内に」
ポリス「どこだどこだ、お、あいつか!」
トゥーラ「(驚異的なスピードで逃走)」

(ONE WORDサイドストーリー、完)

 ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 すでに元ネタがある作品の、その本筋とはまったく違うサイドストーリーを書くことを「二次創作」と言うんだそうであり、例えば、コミケ(コミックマーケット)に出典される小説などには、そうした類いのものが圧倒的に多いそうである。

 そうそう、コミケと言えば、先日、とある人物からこんなオファーが届けられた。

とある人物「今冬のコミケで文芸誌を一冊出す予定なんだが」
ぼく「ほうほう、なるほど」
とある人物「あんたも一本、作品を提供しねぇか?」
ぼく「二次創作?」
とある人物「いや、あんたのオリジナルでいい」
ぼく「でも、コミケなんて今まで関わったことがないよ」
とある人物「心配いらねぇ、俺に任せろ」
ぼく「でも、ぼくもいろいろ忙しいからなぁ」
とある人物「ギャラは(電卓を叩き)こんなもんでどうだ?」
ぼく「やります。ぜひ書かせて下さい」

 とある人物は、ぼくにとって大切な人である。ぼくは金に吊られるなどということはない精錬潔白な男だが、誠意には答えねばなるまい。

 その辺りの話はまた、ここで書かせてもらいたいと思う。
【2006/12/05 07:01】 | 月の砂漠 | トラックバック(0) | コメント(0)
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