今日のテーマ「KY」
「KY」 という言葉が、昨今、巷で流行っているようである。 初めて聞いたときは、ぼくの友人・K藤氏のイニシャルか、と思ったが、さにあらず。 「空気が読めない」 の略称だそうである。
上手く空気を読めれば、それは“優しさ”となる。相手の立場や状況を慮った、目には見えぬさりげない優しさ。 あのがばいばあちゃんも、 「人に優しくするときは、気付かれないようにするもんだ」 と言っていた。至言である。 一方、それが間違った方向に転じると、上司の意向を汲み取って不正な行動をし、それが発覚するや、その上司から「部下が勝手にやった」と斬り捨てられる、典型的な企業組織犯罪のとかげの尻尾になってしまう。 どの場面で空気を読むべきか、まさしく、空気を読んで行動しなければならないのだろう。
しかし、もともと日本では、空気を読む、という行為(?)は一つの文化であったと思う。 「言わぬが花」 「目は口ほどに物を言う」 など、要するに、空気を読む、ことを主張したことわざは、数多くある。
例えば、先日投票が行われた参議院選挙。 安倍自民党が歴史的大敗を喫したわけだが、この結果も、有権者(特に都市部の無党派層)が、空気を読んだ、からこそではなかっただろうか。 ここで政治的な話題をあれこれ論じるつもりはないが、選挙前、様々な問題もあって、新聞やテレビなどは自民バッシングを展開していた。このマスコミが作り上げた「空気」に、有権者は敏感に反応したのだろう。それだけが自民大敗の原因ではもちろんないが、その側面はあったと思う。
「今回は自民じゃねぇな」 「何か、自民に投票しづらいな」 そんな声なき声が街に溢れていた気がしている。
にも関わらず、KYなるフレーズが流行るということは、それだけ空気を読めなくなった日本人が多いということなのだろうか? かつては外国人から「日本人ははっきり物を言わないからよくわからない」と批判されていた内向体質も、その原点は、空気を読む特性にあったと思う。が、そうした批判は最近あまり聞かなくなった。日本人がグローバル化したからか、はたまた、単に空気を読まなくなっただけか。 どちらがどうこうではなく、相互に関係があるのだろうとは推察するが、読者のみなさんはいかがお考えだろうか?
ところで、空気が読めない、と言えば、先日、こんな体験をした。
とあるファミレスでの1コマである。知人と会食中のことである。 実は、このときぼくは、ある重大な悩みを抱えていた。その悩みは、自分一人の胸の内にしまっておくにはあまりにも肥大し過ぎていた。さりとて、誰かに相談して解決できる類いのものではない。でも、せめて誰かに聞いてほしい。いい機会だ、今日、この知人に聞いてもらおう。そう思って会食に臨んだ。
ぼく「あの、実はな」 知人「のど渇いた」 ぼく「あ、じゃあ珈琲でも」 知人「うん(呼び出しピンポンを押す)」 ぼく「実は、聞いてほしい話が」 知人「どうしたの、何か顔が恐いよ?」 ぼく「ああ、実は」 知人「おうっ、ごめん、メール来た」 ぼく「あ、ああ」 知人「(メール見ながら)それで、どうした?」 ぼく「実は、つい先日」 知人「うわー、やばい、即返信しなきゃっ!」 ぼく「え?」 知人「ちょっと待って、メール打っちゃう」
あああああ、もうっ! 人の話の腰を折りまくりやがってぇ! なるほど、世間ではこういう奴を、KY、というのか。
知人「・・・送信と。はいごめんね、それで?」 ぼく「うん。いや、たいした話じゃないんだが」 知人「あ、ならいいや」 ぼく「いや違う、結構たいした話なんだ」 知人「一体何?」 ぼく「実は、つい先日、我が家に」 店員「お待たせしましたー、ご注文は?」
あああああ、もうっ! 店員っ! お願いながら空気を読んでってばっ!
知人「さて、それで?」 ぼく「いや、たいしたことじゃ」 知人「じゃあ別にい」 ぼく「たいしたことです、聞いて下さい」 知人「早く言いなよ」 ぼく「実は・・・」
ぼくは、悩みを打ち明けた。
ぼく「先日、我が家の台所で、ゴキ○リを見たんだ!」 知人「・・・」 ぼく「アレは間違いなくゴキブ○だった、しかも、かなり大きかった。俺の足元をさささーっと走り抜けた。そして冷蔵庫の裏側に去って行った。居るんだよ、我が家には確実にゴ○ブリが居るんだよ。いつか戦う日が来る、だが、俺は不安なんだ、あんな強大な○キブリに、果たして勝てるのか、そうだ、出たんだよ、ゴ○ブリが、ゴキブ○がぁっ!」
思わず声のトーンが上がっていた。 知人は黙して語らない。ぼくの感じた恐怖、そして、抱いている不安に共鳴してくれたのか。
ふと、知人だけでなく、周囲がやたら静かなことにぼくは気付いた。 カチャリとフォークを置く音が隣りの席から聞こえた。 はて何かあったか。周囲の客も、店員も、沈黙して、かすかにこちらを見ている気が・・・
あ。
ここはファミレス。 お客さんは皆、朗らかに食事を楽しむ場。 そんな場所でゴキ○リの話。
ぼくは事の重大さに気付き、知人のうつむき気味な顔を覗き見た。 知人は、どんなに地球温暖化が進み南極の氷が全て溶けたとしてもここだけは大丈夫だろうと思しき永久凍土のような冷たい視線で、ぼくを睨んでいた。そしてつぶやいた。
知人「空気読めよ」
はい・・・反省してます・・・
知人はなおもつぶやいた。
知人「(小声で)○キブリってね」 ぼく「わ、わかってる、すまなかった」 知人「一匹いたら、三十匹いるよ」
なお、この日からそう遠くない未来、ぼくはそのゴ○ブリと歴史に残る大激戦を繰り広げることになるのだが、それはまた別のお話である。
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