迷探偵まことの事件簿 FILE NO.1-事件編
【迷探偵まことの事件簿】
FILE NO.1 『消えたR氏を探せ 〜事件編〜』



[前回までのあらすじ]
 迷探偵まこと(ぼく)は友人R氏と食事の約束をしていたが、その約束の詳細を決めぬまま、前日になってもR氏から連絡が来ない。
 まことは持ち前の推理力により、R氏は悪の手先に捕らえられ連絡したくても出来ない状況、という結論に辿り着き、R氏救出の作戦を立てる。
 そんなとき、当のR氏から電話が・・・
 どうやら、まことの推理は外れたようである。
(詳しくは8月17日付けの記事参照)



 夢を見た。
 ぼくは暗く汚く小さい部屋の中、柱にロープで括り付けられている。足元に鼠が数匹這っている。
「やめろ、離せ、離せ」
 ぼくは必死にもがき、叫ぶ。
 と、虚空がぼんやり鈍く光って、わっはっは、という時代がかった笑い声がそこから漏れてくる。
 ふいにロープの結び目が緩み、不自由だった両足が解放される。ぼくは立ち上がって、逃げようとする。と、目の前に誰かが立ち塞がった。
「そこをどけ!」
 声を荒げながら、その誰かの顔を見ると、あひるの手羽先を口一杯にほおばったR氏だった。

 そこで目が覚めた。

 まったく不愉快な目覚めである。ぼくは、手元のペットボトルの中身(S社のウーロン茶)を飲み干し、一息吐いた。

 今日はR氏と食事に行く日である。
しかし、昨夜の電話でR氏は「午前中は用事がある」と言っていた。昼頃に改めて待ち合わせ場所と時間を指定すると。
 ふと時計を見ると、ちょうど正午である。すっかり朝寝坊してしまったが、まあ仕事が休みのときくらい別にいいかと自堕落な自分を誤魔化して、むしろR氏からの電話がそろそろ来る頃なのでちょうど良い時間だと、さらに自分を正当化した。

 R氏は、職場の最寄り駅を待ち合わせ場所に指定して来るのだろう。とすれば、ぼくものんびり電話を待っているのではなく、出掛ける準備を済ませておこうか、相手を待たせては悪いし。そう考えて、身支度を整えた。
 リビングで、何となく「笑っていいとも」を見る。爆笑問題の太田が毒気の強いジョークを言って、それがなかなか面白かったので、どこかで使ってやろうと思い、心の手帳にメモする。
 やがてテレビは、ゲストがサイコロを投げて無意味に席替えを繰り返すトーク番組に変わる。普段はめったに見ない番組。休み、というのを実感するのはこんなときだったりする。
 サイコロ番組が終わり、チャンネルをザッピングしてみる。日本で一番働いているという色黒の司会者が、視聴者からの電話相談に答えている。こういうテレビに相談してくる人は本当に真剣なのか、あるいは一種の冷やかしなのか、漠然と考えつつ、ぼくもパネラーと一緒に相談にのってやる。
 ワイドショーが始まり、陰鬱な事件と脳天気な芸能情報を交互に伝える。コメンテーターも気持ちと態度の切り替えが大変だろうなぁなどと思ってみる。
 次第に眠くなって来た。
 昨晩はかなり睡眠を取ったはずだが、今週は仕事が忙しかったので、随分と疲労が溜まっていたのかも知れない。特に予定もないので、今日は一日寝て過ごそうか、たまにはそんな休日があってもバチはあたるまいと自分の無精に言い訳しつつ、自室に戻って布団に潜り込んで、そうだ、先日買って来たミステリをまだ読んでいなかった、読んでしまおうか、でもうっかり友人からトリックの一端を聞かされてしまったんだよなぁ、楽しみが半減してしまったなぁ、確か電話を使ったアリバイトリックで、

 電話?

 思い出した。予定あった。R氏と食事に行くんだ。って言うか、何でR氏は電話してこないの?
 枕下に転がっていた携帯電話を見る。
 着信履歴があった。
 しまった、と思った。マナーモードになっている。ぼくがリビングでだらだらとテレビを見ていたときに、電話は鳴っていたのだ。
 慌てて履歴を確認すると、やっぱりR氏からだった。着信時刻は1時20分。ぼくが磯野貴理子の嘘臭いトークに噴き出して笑っていた頃だ。貴理子のせいで大事な電話を取り損ねた、くそっ貴理子め、と毒付いてからR氏にバックコールする。

 とぅるるるる・・・
 とぅるるるる・・・
 とぅるるるる・・・

 出ない。
 一瞬、デジャヴかと思った。あるいは、昨日に逆戻りしたのかと。が、もちろんどちらでもない。今から1時間ほど前に、確かにR氏から電話があった。
だが、今は無反応である。
 念のため留守番電話センターに問い合わせてみるが、メッセージはない。

 なぜだ?

 ぼくは思考を巡らせる。
 昨夜の電話で、R氏は確かに「明日の昼に電話する」とぼくに伝え、事実、電話してきた。だが、ぼくはその電話を取れなかった。
 ここまではいい。さしてめずらしい話ではない。
 だが、どうしてぼくのバックコールに反応しない。
 ぼくがR氏だとすれば・・・
電話する、相手が出ない、用でも足してるのかなと思いバックコールを待つ。あるいは、少し時間を置いて再度コールする。
 そうだ、そういう行動の流れになる。だが、R氏はそうしていない。

 まさか。
 悪の手先に捕らえられたのか!?

 って、これでは本当に昨日の繰り返しになってしまう。読者も納得しないであろう。
 推理の方向性を変えてみる。

 考えられるのは、仕事が長引いている、ということである。先程の電話は、ぼくに待ち合わせ場所を指定するためのものではなく、
「ごめん、もうちょいかかりそう」
 謝罪の電話だった。
 しかし、ぼくがその電話を取れず、R氏はまたすぐ仕事へ戻ってしまい、電話をかけることも受けることもできなくなった・・・

 ありうる。これは充分ありうる。多分正解だろう。
 では、ぼくはどうするべきか。
 このままただ待っていても、時間の浪費であろう。それよりも、R氏から、
「やっと仕事終わったよ」
 再コールが来たとき、
「実は、今もうR君の会社の近くにいるんだ」
 そんなプチドッキリを仕掛けてやれば、サプライズ好きのR氏は喜ぶだろう。と同時に、ぼくを待たせてしまった申し訳なさも減少するだろうし、すぐに食事へ流れ込めるし、おお、一石三鳥ではないか。
 とすれば、ぼくの行動は決まった。

 ぼくは、以前R氏よりもらっていた名刺を財布から探し出した。
 あった、これだ。
 そこにはぼくの思った通り、R氏が勤める会社の住所が書かれてある。ここからは少し遠く、一度も行ったことのない場所だったが、それもむしろ面白い。
 ぼくはR氏の名刺をポケットに突っ込み、R氏の驚く顔を想像しながら家を出た。



 がたんごとんと電車に揺られて、思ったよりも早く目的の駅に着いた。駅の周辺をぶらぶらと散歩しつつR氏からの連絡を待つ。
 この間、ぼくはちょっとした面白い光景に出くわしたのだが、それはまた別の話である。
 と、ふいに電話が鳴った。取る。

「もしもし」
「あ、Rだよ」
「ふふふ、R君。今、ぼくはどこにいるでしょう?」

 ぼくはニヤけながら電話口に言った。驚くぞ、きっとすごく驚くぞ。

「え、どこって・・・」
「実はいま、ぼくは」
「まさか、うちの会社の近く?」
「そう、そのまさか!」
「・・・うわぁ、マイったなぁ」

 R氏は驚いている。しかし、その驚きはぼくが期待していたそれとは違う気がする。

「え、何でマイったの?」
「だって、俺、そこにいないもん」

 え?

「ど、どういうこと?」
「本社じゃなくて、支店にいるんだよね」

 何ということであろう。R氏を喜ばせようと思ってした行為が裏目に出てしまった。どうしてぼくはこういつもいつも早とちりしてしまうのであろう。そう言えば高校二年生のあの夏もこんなすれ違いが悲しみを生んで、いや、そんな昔のことを思い出している場合じゃなかった。

「支店ってどこよ、支店って?」
「うん、いま俺は・・・」
「え、何て言った?」

 突然、通話状態が悪くなった。電話を耳元から離して画面を見る。アンテナが立っていない。周囲を見ればビルとビルの間。携帯の電波の弱点地帯である。
 ぼくはその場所から移動しながら、電話から漏れる声に集中する。

「だから、俺はいま・・・」

 聞こえない。肝心なところが聞こえない。電話口の向こうからは騒音が流れてくる。R氏は雑踏の中にいるのだろうか。かなり大勢の人々が行き交う雰囲気が感じられる。
「間もなく、8番線に電車が参ります」
 かすかに聞こえる声。R氏の声ではない。だってR氏は車掌さんじゃないもの。駅の中か?

「そこの、ほら、犬の銅像あるでしょ?」


 今度は確かにR氏の声だ。
 どうやらR氏は、支店の場所を教えてくれようとしている。しかし、ぼくはまだ、その手前の段階、そもそもそれが何駅かわかっていないのだ。

「R君、そうじゃなくて」
「要するに、し・・・」
「し? し、って何?」

 電話が切れた。慌てて画面を見る。
 バッテリーが切れている。
 そんな馬鹿な。どうしてたったこれだけの時間の通話でバッテリーがなくなるのだ。ぼくは毎日、きちんと電話を充電しているはずなのに。
今朝起きてからのことを反芻する。確かに、今日はほとんど電話を使っていない。朝、枕下に電話が転がっていて、

 枕下?

 そこではたと気付く。
 そうだ。昨夜、R氏からの電話があって、ぼくはそのまま電話をほったらかして眠ってしまった。充電されていなかったのだ。
 自分のミスを悔やんだがもう遅い。とりあえず電話の電源を切る。こうしておけば、少しだけバッテリーが回復するはずだ。
 さて、これからどうしよう。R氏が一体どこにいるのかわからないまま、ついに連絡の手段が途絶えてしまった。このままではR氏に会えない。
 ぼくは懸命に思考を巡らせる。
 落ち着け、落ち着くんだ、まこと。さっきのR氏の電話の中にヒントがなかったか?



 人々の行き交う雑踏・・・
 繁華街。それは間違いない。人通りの少ない場所であれば、あれほどの騒音はしない。

 間もなく、8番線に電車が参ります・・・
 8番線。と言うことは、かなり大きな駅だ。単線の駅に8番ホームなど存在しない。ターミナル駅か?

 そこの、ほら、犬の銅像あるでしょ?・・・
 銅像? 銅像がある場所?

 要するに、し・・・
 し? 「し」の付く地名?



 次の瞬間、頭の中でパズルのピースが“カチリ”とはまる音がした。
 わかった。わかってしまった。
 謎は全て解けた。

 ぼくは心の中でつぶやいた。すぐ隣りにいた老婆がこちらに怪訝な表情を向けている。ふむ、どうやら心の中ではなく、うっかり声に出していたらしい。だがそんなことはどうでもいい。
 そうだ、謎は解けた。ぼくには、はっきりとR氏の居場所がわかった。
 ぼくは踵を返し、駅へと歩を進めた。そうだ、間違いなくR氏はそこにいる。そこに行けば、ようやくR氏に会えるのだ。

 ぼくは、そこに向かった。

(次回へ続く)
【2006/08/23 01:30】 | 月の砂漠 | トラックバック(0) | コメント(0)
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