今日のテーマ『ダンディズム』
コーヒーを飲んでいた。 とある街の、とある喫茶店でのことである。
チェーン系列のカフェではない、昔ながらの小さな喫茶店。窓際の席には、夏の昼下がりの陽光が優しく差し込んでいる。 ぼくは煙草をくゆらせながら、何気なく店内に目を凝らす。薄暗い照明、壁に掛けられた西洋画、ぼく好みの渋い喫茶店である。
ぼくの席から少し離れたカウンターに、一人の初老の男性が座っていた。夏物の薄手のジャケットを身に纏った、チョイ不良風のオヤジである。 チョイ不良氏は、店主の女性(あるいは店主の細君か)に、ぽつりぽつりと小声で話し掛けている。 途切れ途切れに聞こえるその言葉を、聞くともなしに聞いてみる。
「素敵なお店ですね」
口説いているようにも、純粋に店を誉めているようにも、どららとも受け取れる台詞。 一つだけわかったのは、そのチョイ不良氏が、なかなかダンディーな魅力を醸し出している、ということである。 ダンディー。ぼくはその雰囲気に弱い。憧れる。
程なくして、チョイ不良氏は席を立ち、会計を済ませた。代金を支払うその仕種は、どこか遊び慣れている印象で、実にダンディーだった。
「じゃあ、また来るよ」
そう言って、チョイ不良氏は片手を軽く上げ、店内を後にした。その仕種もまたダンディーで、うむ、まったくもってダンディ、 「あ、いかんいかん間違えた」 去ったはずのチョイ不良氏の声。 それに被さるように女店主の声。 「出口はこちらですけど」
ぷぷぷ。 ぼくは笑いをこらえた。どうやら、チョイ不良氏は出口を間違え、厨房に入ってしまったらしい。あんなにさんざん格好付けていたのに、もう台無しである。
照れ笑いを浮かべながら、そそくさとチョイ不良氏が店内を(今度こそ)出た。ダンディーとは真逆の愚行である。 ぼくはそれを見送ってから、対面の席に座っていた同行人にダンディーに声を掛けた。 「去り際は美しくありたいものだぜ」 右頬を少し吊り上げて冷笑する同行人。 むむ、こいつもなかなかダンディー。
それからしばらくして、ぼくらも会計を済ませる。 「素敵なお店ですね」 先程のチョイ不良氏を真似て、ぼくは女店主にそう告げてみた。 ニッコリと笑う女店主。 ぼくは、そんなダンディーな自分に自己満足して、とても良い気分で出口の扉を開けた。
目の前に、洗面台と便器があった。
「・・・そこトイレ。出口はこっち」
同行人の冷ややか声が背中に刺さる。 ぼくは照れ笑いを浮かべつつ、そそくさと店内を(今度こそ)出た。
「去り際は美しくありたいものだぜ」 同行人がぽつりとつぶやく。
ダンディーへの道。いまだ険し。
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