【迷探偵まことの事件簿 File No.2】 『9と10、どっちがお好み?』
しばらく前の話である。 私の携帯電話に、とある関係者(ここでは仮に“B氏”としておく)から一通のメールが届いた。
「9と10、どっちがいい?」
文面はただそれだけである。 はて、これは一体どういう意味であろうか?
最初は、食事の誘いかなと思った。 つまり、9日か10日空いてる? という呼び掛けかと。 あいにく、その月の9日と10日は、すでに別件で予定が埋まっていた。
私はB氏にその旨を返信する。 すると、
「そんなことではない。9と10のどちらが好きかと尋ねている」
すぐに再びメールが届いた。 しかも、なぜかちょっと怒られている。 9と10・・・ これは一体何であろう?
そのメールは、誰がどう見たって説明不足である。 が、私は名探偵である。B氏が何を言おうとしているのか、ちょっくら推理してみるのも悪くない。
私は思考を探偵モードに切り替え、9と10の意味を摸索した。
まず、B氏自身のキャラクターについて、改めて考えてみることにする。
B氏は、この世に生きる人間を、 「普通の人」と「おかしな人」 というカテゴリーに分類したとき、確実に「おかしな人」に振り分けられる人物である。 これまでにも、私はB氏の唐突かつ天衣無縫の発言をたびたび耳にして来た。 しかし、氏は、人を騙したり陥れたりするようなことは絶対言わない。 一見、無意味なことをのたまっているように見えて、実は結構深いことを言う(それは私の錯覚かも知れないが)人である。
そのB氏からの謎の質問・・・ 9と10・・・
野球?
B氏は、私が大の野球好きであることを知っている。 と言うことは、これは・・・
「野球において、きっちり9回で決着するゲームと、延長10回までもつれるゲームとどっちが好き?」
という意味なのか?
これは返答が難しい。ケースによって違う。
高校野球ならば、9回で終わるよりも、10回でも11回でも延長に突入すればいいと思うこともある。球児たちが必死に白球を追い駆ける姿を応援しながら、熱戦を少しでも長く見ていたい。 そしてついにゲームセットとなれば、握った汗と、死力を尽くして戦った両校の姿に感動してうっすら目に浮かんだ涙とを、青いハンカチで拭う。
ところが、これがプロ野球の日本ハム戦となれば、そんなことは言っていられない。 日ハムびいきである上に、生来の小心者である私は、延長戦など胃が痛くなって仕方がない。10−0で日ハムがさっさと勝てば、それでハッピーである。
が。 よく考えてみれば、B氏は野球に疎い。 セリーグとパリーグの違いもよくわからず、仮に自分がプレーすることになったら、ボールを打った瞬間に迷わず三塁に走って行きかねない御仁である。 野球の話などして来るはずがない。
推理は振り出しに戻った。 9と10・・・
占い?
B氏は、何か占いでもしているのか? 私の何かを占っているのか?
例えば、誕生月。 占い、特に占星学の世界では、そのデータは欠かせまい。事実、私は9月生まれである。 私の誕生月を調べ、私の未来の運勢でも占おうとしてくれているのか?
だが、それなら、9と10のどっち? と聞いてくるはずだし、いや、それ以前にB氏は私の誕生月を確実に知っている。 B氏が、私の誕生日に送ってくれた、意味不明だが暖かいメールを、私は忘れていない。
ならばトランプか。 9と10。そのどちらかを私が選択することで、何か大きな運命にも似たものが動き出すのか?
いや、それはB氏のイメージからは想像しにくい。 一人でトランプ占い。 それはどちらかと言えば、私が夜中にひっそりやりそうなことである。 B氏は、どちらかと言えば、一人ババ抜きとか一人神経衰弱とかをやっていそうである。
推理が不調である。 私は思考の森に迷い、次第に悶々として来た。 が、それでも推理を続けてみる。
暗号。
そうか、暗号!
私は天啓にも似たひらめきを感じた。 これは何かの暗号なのだ、きっとB氏はどこかに宝を隠したに違いない。その場所を、私に託そうとしているのだ。
しからば、9とはおそらく、大井町線「九品仏」駅のことであろう。そして10とは、南北線「麻布十番」駅のことに間違いない。そのどちらかに、B氏は宝を埋めたのだ。
しかし、なぜB氏はそれを私に教える? って言うか、宝の在りかを暗号で託さなければならない状況って何だ?
まさか、B氏の身に何か危険が? 悪の組織がB氏を狙ったのか!?
B氏はどちらかと言えば無鉄砲な人である。 自分では、 「俺は小心者なのさ」 などと言っているが、どうしてなかなか大胆な行動をする。 無鉄砲という言葉があるが、鉄砲どころかミサイルのような奴である。 それが災いして、悪の組織の魔手に絡め捕られてしまったのか!!
助けに行かねば。 あるいは、この暗号とは宝の在りかなどではなく、B氏自身なのかも知れない、B氏が監禁されている場所かも知れない。 こうしてはおれぬ、行かねば。
B氏は、私のインスピレーションに多大な影響を与えてくれる人である。氏に何かあったら、私は命を賭けて、とまでは言い過ぎだな、まあちょっとくらいのものは犠牲にしても、氏を守りたい。 行かねば。九品仏か麻布十番に。 しかし、どちらへ行こう。万が一、9の方が九品仏ではなくて香港の九龍(クーロン)とかだったらどうしよう、俺パスポート持ってねぇよ・・・
・・・
私は冷静さを取り戻した。 悪の組織なんて、ない。 これは暗号ではない。
私はB氏に連絡を取った。 「一体、9と10ってどういう意味?」 直接聞くのが一番早い。
やがて、B氏からの返答。 「座席の番号だよ、9番と10番、ま、たいした意味はないんだけど、一応聞いてみた」
私は思い出した。 あるイベントへB氏と共に出向く約束をしており、そのチケットの手配をB氏に任せていたのだ。 そのチケットが届いたのだと言う。
「で、どっちがいい?」 「じゃあ、9番で」 「了解。あ、それと」 「な、何だ? 悪の組織か?」 「チケット代、早く払えよ」 「あ、はい。払います」
事務連絡、終了。
座席番号を、これだけ意味ありげに聞いてくるB氏と、その質問にあらぬ妄想をしてしまった私と、どっちが「おかしい人」だろう。
答えは簡単。 両方とも、だいぶおかしいのであろう。
今日も地球はのんびり回っているのである。
[了]
 |