シャ乱Q 〜俺が見た光景〜
今日のテーマ『シャ乱Q 〜俺が見た光景〜』


(前回の日記『シャ乱Q 〜ぼくが見た光景〜』を未読の方は、そちらを先にお読みいただくことをお薦め致します)


 そのとき、俺は確か、地元の喫茶店で一人、文庫本を片手にコーヒーを飲んでいたんだったと思う。
 焼けるような熱さと、人生のような苦さ。
 そんなエスプレッソには、マルボロの、くせの強い煙の香りがよく似合う。
 推理小説がいよいよ探偵の謎解き場面に差し掛かり、俺は思考を巡らせながら、ページを繰った。

 ふいに、携帯の着信音。

 俺にとっての至福の一時、それは今だ。それを邪魔する間抜けはどこのどいつだ?
 俺は着信表示を見る。

 MMだった。

 俺は軽く舌打ちしてから、それを気取られぬよう、作り声で電話に出た。

俺「もしもし」
MM「あ、A島君? やっほー」

 相変わらず脳天気な男だMM。俺の携帯に電話して来て「あ、A島君?」はなかろう。
 そんな俺の苛立ちも知らず、MMは話を続けた。

MM「ライブ行かない?」

 ふむ。ライブか。悪い話ではない。俺の音楽好きは誰もが知るところだ。そういう誘いなら、乗ってやらないこともない。

俺「誰の?」
MM「ふふふ。聞いて驚くなよ」
俺「だから誰?」

 バンプか? エルレか? ピロウズか?

MM「シャ乱Q」

 俺は絶句した。
 シャ乱Q。
 俺の聞き間違いでなければ、MMはそう言った。
 しゃらんきゅう。

 まだ存在していたのか!?

 とうの昔に絶滅していたと思っていた。絶滅していないにしても、絶滅危機保護種に指定され佐渡島センターにでもかくまわれていると思っていた。
 まさに20世紀の遺物。

 どうしてこの俺が、あんなダサい中年バンドのライブに行かねばならないのか。まったく予想外だった。メールサービスが不具合を起こしてしまったソフトバンク携帯くらい予想外だった。
 俺は即答で断りを入れようと思った。
 
 だが。

 もう一人の俺が、その拒絶の言葉をすんでのところで止めさせた。
 シャ乱Q。それは、俺にとって縄文土器と変わらぬ意味を持つ古代の化石。
 俺の愛好する、時代の最先端を走るロックミュージシャンたちへのアンチテーゼとして、シャ乱Qを見ておくのも悪くはない。
 シャ乱Qのダサさにあきれることで、俺は自身の愛すべき者たちの魅力を再確認できるのだ。
 それに、俺は高校できちんと日本史も世界史も履修したから、考古学への興味もある。怖いもの見たさと言い換えてもいい。

 電話の向こうで、MMは「シャ乱Qシャ乱Q」と、熱にうかされたように繰り返している。
 優しい俺は、MMに答えてやる。

俺「ああ・・・行くよ。仕方ないから行ってやる」

 って、MMの野郎、途中で切りやがった!



 ライブ当日。
 場所は横浜某所である。駅でMMと合流した俺は、足取り重く会場までの道を歩いていた。季節はすでに晩秋で、この日はとても寒かった。
 ほんの悪戯心で、こんな茶番に付き合ってしまった自分に後悔し始めていた。
 ライブ会場側の野外喫煙スペースで一服しながら、シャ乱Qがいかに素晴らしいかをMMは語る。
 俺はあまりの寒さに、その場で思わず足踏みをしていた。痩身の俺には、寒さが骨身に染みる。
 MMは、そんな俺に、なぜか気持ちの悪い微笑みなんて寄越しながら、気取った声でのたまった。

MM「そう焦るな。シャ乱Qは、逃げやしないぜ」
A氏「え? ああ、そうだな」

 意味がわからないので、適当に返事をする。
 MMのはしゃっぎっぷりが、より俺を寒くさせた。



 そんなこんなでようやく会場に入った。
 客の入りは八分〜九分といったところか。入場口で当日券を売っていたところを見ると、満員御礼とまでは行かないだろう。シャ乱Q、現実は厳しい。

 ステージ上には、龍を模したと思われるオブジェが屹立している。スモークマシンがその陰に見えることから考えると、何かしらの演出で使うのだろう。
 舞台後方には、数台のフットライトが客席の方に向けて置いてあった。やはり腐ってもシャ乱Q。名前の知れたバンドのライブともなれば、さすがに舞台装置は豪華だ。
 そう言えば、MMは一応、舞台演出家だ。こういうところはさぞや注意深く見つめているのだろう。
 俺はMMをちらりと覗き見る。

 MMは、あさっての方を見ていた。

 すでに、彼の中では脳内ライブが始まってしまっているらしい。俺は放っておくことにした。



 開演まで、かなり長いこと待たされた。
 MMはそわそわしたり、きょろきょろしたり、時折、自分の携帯を見ながら、
「あいつ、ちゃんとお買物できたかなぁ」
 などと理解不能のことをつぶやいたりしていて、まこと落ち着きないことこの上ない。
 俺はそんなMMに注意をくれてやろうかと思ったが、適度に調節された会場内の室温が心地良く、それは俺を眠りの国にいざなうのには充分だった。
 俺は目を閉じ、早くライブ始まれ、そして早く終われと心の中でつぶやきながら、居眠りしていた。



 ふいに大歓声が巻き起こり、俺は反射的に目を覚まして立ち上がった。
 MMが、俺に満足げにうなづきかけて来たが、面倒臭いから無視した。
 すっかりおっさんと化したつんく♂が登場し、いよいよライブがスタートした。


「シングルベッド」
 ベタなバラード。俺は、つい眠気を覚え、涙が出るほど大あくびをかましてしまった。
 隣りでは、MMがつんく♂と一緒に熱唱している。若干、音痴なのは許してやることにする。


「ラーメン大好き小池さんの歌」
 つんく♂のダサいダンスが炸裂する。
 俺は我が目を疑った。MMが、それに合わせて全力で踊っていた。この男の辞書に羞恥心という言葉は・・・ああそうだ、なかったんだっけ。


「いいわけ」
 はたけの自己陶酔気味なギターソロ。
 次の瞬間、俺は我が耳を疑った。
 はたけ、音程を外しやがった!
 信じられんことだが、これがシャ乱Qの実力か。



 やがてライブは幕を閉じた。
 開演前に立ち寄ったのと同じ喫煙所で、MMと共に煙草をふかす。
 寒かったせいだろうか。風邪をひいたらしい。頬がぽっぽとしやがる。37.2℃ってとこか。

「楽しかったな」

 MMが酔ったように語り掛けてくる。

「ああ。とっても」

 お前の歌や踊りがな。

 俺は、これみよがしな溜息を思い切りMMの顔に吐きかけてやったが、MMはまったく動じなかった。



 MMからようやく解放された帰路。電車の中で、俺は今日を反芻した。
 風邪はひくわ、シャ乱Qは想像通りのダサさだったわで、得るものはあまりなかった。

 しかし。と俺は思った。

 少なくとも、シャ乱Qは、MMにあれほどの感動を与えた。MMは「こんなにあなたを愛しているのに」で本当にうっすら泣いていた。
 一人の人間にそれほど愛されるということは、何だか羨ましくもある。
 その点においては、シャ乱Qを多少評価してやっても良いのではないか。

 人は皆、様々だ。趣味嗜好は自由の世界だ。
 俺は、無邪気にはしゃいでいたMMの顔を思い出し、苦笑しながら瞳を閉じた。
 今宵は早く床に就き、風邪を治すとしよう。
【2006/11/25 00:36】 | 月の砂漠 | トラックバック(0) | コメント(0)
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