草津よいとこ一度はおいで 〜後編〜
今日のテーマ「草津よいとこ一度はおいで〜後編〜」


[前回までのあらすじ]
 友人2人と共に慰安旅行で草津温泉へと向かった筆者。
 中継駅の高崎で『ダルマ弁当』を、長野原草津口で『まいたけ天ぷらソバ』を食べ、やっとこさ目的地に到着。
 友人Hのミスにより宿泊ホテルに辿り付くのに散々苦労するというアクシデントも含めて、何はともあれ草津である。


 正直言って、ぼくはそれまで草津に対して、あまり好意的なイメージを抱いていなかった。
 一度も訪れた事がないにも関わらず、大方、不景気のあおりを受けて、今ではすっかりさびれてしまった町だろうなと勝手に想像していた。

 実際は違っていた。

 町並み自体は静かなのだが、独特の活気があった。何と言うか、不思議と居心地がとても良いのだ。
 適切な表現かどうかはわからないが、草津は『すべての人を許す町』だった。
 
 例えば、渋谷のスクランブル交差点を、老夫婦が手を繋いで横断していたら、多くの若者たちは違和感を覚えるだろう。
 例えば、巣鴨のトゲ抜き地蔵通りを、ヤンチャな高校生グループが肩組んで闊歩していたら、多くのお年寄りたちは不快感を感じるだろう。

 しかし、草津にはそうした感覚が一切なかった。
 今回のぼくらのような男の子トリオでも、OL2人連れでも、新婚カップルでも、家族でも、ガヤガヤとした団体でも、愁いを帯びた一人旅でも、どんな組み合わせでも自然と町に溶け込んでいるのだ。

 この町は、みんなに優しかった。

 で、ようやくホテルに着いたところから話を再開。

 創業80年の老舗旅館と聞いていたので、どんなお化け屋敷かと思いきや、平成7年に改築したらしく、外観も内装も近代的だった。ホッとしたようなガッカリしたような、複雑な気分を味わう。
 余談だが、このホテルのすぐ側には、まさにザ老舗と呼ぶにふさわしい雰囲気を醸し出した旅館があった。そのたたずまいは、まるで『池田屋』か『近江屋』。ぼくは思わず、古めかしく重々しい扉の前で、
「新撰組、見参!」
 と叫んでしまった。三階客室の窓から、龍馬、じゃなくて、品の良さそうな老婦人が、怪訝な顔を突き出していた。

 旅館の部屋で茶を一服。この茶が実にウマかった。
『唐辛子梅茶』なる代物で、梅の酸味と唐辛子のピリリ感が絶妙にマッチしている。病み付きになるお味で、ついつい土産に48パックも買い込んでしまった。今でも一日一杯、欠かさず飲んでいる。
 ただし、高血圧の方にはあまりお薦めしない。

 その後は、夕食に舌鼓を打ち、温泉にゆっくり浸り、部屋でゴロゴロしつつ持ち込んだ酒やツマミを飲み食いし、草木もグウグウ眠る頃にまた一風呂浴びて、そうこうするうち夜明けを迎え、明け方6時、まどろみの草津の町を散歩し、頬を刺すような冷気の中で日の出を拝み、ホテルのロビーでスポーツ新聞を読みながらモーニングコーヒーを啜るという、まさに至福の時を過ごした。

 友人Tは、日本酒のピッチが早過ぎて目眩を起こし、午前1時に布団に潜り込んだ。そして午前3時。それまでの記憶を喪失した状態で復活し、深夜放送のB級映画を食い入るように見ていた。

 友人Hは、トイレ帰りに自分で空けたワインボトルに足を滑らせ、床が抜けるかと思うばかりに豪快な尻もちを突いた。

 完全なる下戸のくせに、ウーロン茶とミネラルウォーターがあれば泥酔できる体質のぼくは、そんな愚かな友人2人を尻目に、一人でつまらないギャグを言い、一人でそれに突っ込み、一人で爆笑していた。 


 ところで、草津町には眼科がないと言う。
 もちろん実際にはあるのだが、ない、という態でいる。
 それは、草津温泉の最大の効能が「眼病予防」だからだそうである。
 温泉入浴時、試しに湯を目に入れてみた。原成分なのか消毒用塩素なのか、微妙な“酸味”を感じ「うわっ、染みる!」と絶叫しつつ、左右0.2の視力が0.3にはなったかなと期待してみる。
 しかし、人の心の奥までは、どんなに眼が良くても見えないぞ・・・なんて気障な台詞を吐こうと思ったが、湯船の中で平泳ぎに興じる友人Hを見て、その気が失せた。
 温泉に、難しい理屈は似合わない。

 一泊二日の行程のため、二日目すなわち最終日。ホテルをチェックアウトした後、町の中心地にある芝居小屋を訪れた。
「湯もみ」ショーの実演を披露する、伝統の小屋らしい。

「湯もみ」とは、ボートのオールのような板(横30cm/縦100cmくらい)を浴槽に差し込み、それを草津節のリズムに乗せて、リズミカルにかき回す作業のことである。
 温泉は、湧き出た直後は温度が60〜70℃もあり、とても人がそのまま入れたものではない。しかし、水で埋めたのでは、効能まで薄まってしまう。そこで、この「湯もみ」によって、根気強くかき回し、適温まで調節するのだ。

「湯長」と呼ばれる現場責任者を中心に、10人ほどの「湯もみ女」たちが浴槽を囲む。ちなみに、湯長は部下たちの「愚痴の一つや二つ、聞いてやらねばなりませぬ」と民謡で歌われている。

♪草津よいとこ一度はおいで はぁチョイナチョイナ♪

 お馴染みの歌声に乗って、湯もみ女が湯をもむ。
 もむ、もむ、もむ。
 圧巻!

 実演ショーを堪能していると、この「湯もみ」を観客に体験させてくれるコーナーになった。

湯長「(やっつけ仕事気味に)体験したい方、ステージにどうぞー」

 その声と同時に、100人ほどいた観客の約半数が一斉にステージ目掛けて走り出した。小さな木造小屋が一瞬きしむ。

 まったく、世間には何と目立ちたがり屋で、好奇心の強い人間が多いことかと、ぼくは呆れた。確かに「湯もみ」体験などめったに出来ることではないが、かと言って子どもじゃあるまいし、人を押しのけたりブロックしてまでステージに走るとは行儀が悪い。シャイなぼくには、とてもじゃないが、人が見ている前で「湯もみ」を披露するなど、いやとてもとても。
 そんなことを思いながら、ぼくは前方を走る友人Hを押しのけ、後方から迫り来る友人Tをブロックし、一目散にステージへ登壇するやいなや、他の誰よりも堂々と「湯もみ」をしてみせた。

−旅の恥は掻き捨て−

 そして、ぼくらは帰路に就く。旅先で身心共にリフレッシュし、また明日から日々の生活を頑張ろう、と殊勝に決意する。
 草津に到着して以来、ぼくは携帯電話の電源を切っていた。外部との連絡を遮断し、旅を楽しむことに集中していたのだ。
 家に辿り着いて一服した後、丸一日半ぶりに携帯電源をオン。メールチェックをすべくセンターに問い合わせ。
 8件もの未読メールが届いていた。
 ぼくは少し嬉しくなった。東京には、ぼくを必要としている人がいる。やはりぼくは、この大都会で生きて行くのだ!



 ・・・メールは、8件中7件が未承諾広告だった。

【2007/02/04 01:45】 | 月の砂漠 | トラックバック(0) | コメント(0)
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