今日のテーマ『消える言葉、残る言葉』
言葉の乱れ、ということが、随分前から、世間ではよく指摘されるようになった。 その代表例が、いわゆる“若者言葉”である。 『ぶっちゃけ』『イケてる』『キモい』『てゆーか』等々。 『食べられる』→『食べれる』などの“ラ抜き言葉”も、言葉の乱れの代名詞的存在であろう。
これらの言葉が生まれた背景には諸説あり、90年代の女子高生ブームの際、彼女らの中から自然発生的に誕生したとするものから、もともとは関西や東海方面の方言だったものが全国に伝播したとするものまで、様々である。 正確なところはわからない。が、一つ確かに言えることは、これらの言葉を使うか使わないかは別として、今ではほとんどの日本人に意味が通用するということである。
言葉、特に流行語や新語には、その後も長きにわたって人々に定着するものと、すぐに廃れ忘れ去られてしまうものに分けられる。
一世を風靡しながら、今では廃れてしまった言葉としてすぐに思い付くのは、平成7年にフジTV系列で放送された人気ドラマ「ロングバケーション」で、主人公の山口智子が木村拓哉に向かって使っていた『チョベリバ』というフレーズである。 僕と同世代の方にはおわかりいただけると思うが『超ベリーバッド』を短縮したこの言葉は、当時、ドラマの視聴者であった若者層に急速に浸透した。 が、今ではどうだろう。 もし、友人が突然、 「いやぁ、今日の仕事はチョベリバでさぁ」 などと真顔で言ったら、一瞬、それが冗談なのか本気なのか区別できずに戸惑うこと請け合いである。
流行語には、こうした悲しい末路を辿るものが少なくない。 『だっちゅーの』『残念っ!』『フォーっ』 などの、芸能人の一発ギャグから生まれたフレーズの多くは死語の世界へと旅立った。
これらの死語と比べて見れば、前出の若者言葉はとにもかくにも現在も“生きて”いるわけで、そこに一定の評価を与えないわけにはいかないのではないか、と僕は思う。 乱れ、と言っても、その乱れが定着すれば、それは標準へと進化してしまうのである。これは善悪の問題ではない。
例えば『寒い』である。 つまらないギャグに対して浴びせるこの一言。僕などは一日一回は浴びせられるお馴染みの言葉だが、そもそも『寒い』にそんな突っ込み的な意味はなかったはずである。が、今では、誰もがこの意味での使い方を知っている。 聞いた話だが、この『寒い』の変則的使用に関しては、以前から関西では定着しており、それが全国区になったのはダウンタウンの松本人志氏のテレビでの発言による、らしい。 誠か嘘かはわからないが、一つの言葉が、一過性のブームに止まらず市民権を得た、ということは、やはり注目すべきことであろう。
自分にとってだけの小さなブームを意味する『マイブーム』 これは、イラストレーターのみうらじゅん氏の造語である。 また、コピーライター兼徳川埋蔵金探索者兼マザー製作者の糸井重里氏は『おいしい』という言葉を創り出している。言うまでもないが、ご飯がおいしい、という意味ではなく、扱いや立場が好都合だ、という意味である。 こうした造語を生み出し、それを定着させた人々には、僕は率直に敬意を表したいたいと思う。 誰が生み出したかわからないままに自然と世に広まった言葉に対しても、その敬意は同様にある。
言葉は生き物であり、使われ続けている言葉こそが現代を、ひいては、未来にとっての歴史を証明するのであろう。 古来より使われ続けている美しい日本語を守るのは当然のことだが、こうした“生きた日常語”を言葉の乱れの一言で片付けてしまうことも問題である。
消え去る言葉と残る言葉。 その境目は曖昧だが、いくつかの実例を紹介してみたい。
【昭和30年代の流行語】 『デラックス』『ストレス』『プライバシー』 『リース』『ウルトラC』『俺に着いて来い』
意外に思われた方もいるかも知れない。 『ストレス』や『プライバシー』は、この時代に誕生した(と言うより、海外から渡って来た)新語なのである。 戦後の混乱期が過ぎ、高度経済成長を驀進する中で、これらの言葉が生まれ、今では完全な日常語となっていることは非常に興味深い。
なお『リース』は今では『レンタル』と名を変えて、これまた日常に溶け込んでいる。 『ウルトラC』は、もともと体操競技での技の難度を示す言葉であり、この言葉が流行した背景には東京五輪での日本体操陣の活躍(塚原など)があるのだろう。 その後時代は進み、今では『ウルトラE』というレベルの鉄棒技が存在するようでようである。月面宙返りした上に三回転半ほど体をよじってねじって、いかん、書いているだけで目が回って来た。
『俺に着いて来い』は、当時の人気タレント植木等が歌った流行歌の一節であろうか。 「♪金がない奴は俺んとこ来い。俺もないけど心配すんな♪」 僕もこんな器のデカい台詞を言ってみたいものである。 言葉自体は、残念ながら定着したとは言えないが、そういう精神を引き継いでいる人もきっといることであろう。
も一つおまけに、昭和40年代も。
【昭和40年代の流行語】 『脱サラ』『ハプニング』『破廉恥』『モーレツ(猛烈)』 『シェー』『ボイン』『ウーマンリブ』『おぬしやるな』
といったところである。 『脱サラ』は完全に定着語である。高度成長が一段落し、オイルショックなどによる日本経済の先行き不安が表面化し始めたこの時期に、脱サラは現れた。注目に値する。 『ハプニング』『破廉恥』なども、一応は定着語と呼べるものであろう。
面白いのは、消えた言葉の方である。 『シェー』は、人気漫画「おそ松君」(作・赤塚不二夫)の登場人物・イヤミの口癖である。独特のポーズと共に発するこの言葉(ギャグ?)を知っているか知っていないかは、ジェネレーションを測る格好のリトマス試験紙である。
『ボイン』は、ぶっちゃけて書けば、おっぱい大きい、のことである。当時、現在のみのもんたくらいテレビで活躍していたタレント・大橋巨泉の造語である。 深夜番組のはしりと言われる「11PM」で、司会の巨泉がアシスタントの朝丘雪路(後、俳優・津川雅彦の妻)に向かってからかい半分に言った、らしい。僕もリアルタイムでは全く知らない。 この『ボイン』後に進化し、今では『巨乳』という言葉に落ち着くのだろう。 なお『巨乳』という言葉は、うんちく系評論家としてお馴染みの山田吾郎氏が、男性向け情報誌の編集長をしていた時代に開発したフレーズである。
ちとおっぱいの話が長くなったのはさておき。 『ウーマンリブ』は、さしずめ現代なら『ジェンダーフリー』とでも言ったところか。男女共同参画社会という国際情勢が、この頃になって日本にも影響を与え始めたということである。
『おぬしやるな』については、意味不明である。 おそらく、当時流行した映画あたりの台詞だろうが、今回、研究しきれなかった。てゆーか、語源を知ってしまったら面白くなくなる気がして、あえて調べなかった。 興味があれば、ぜひ明日から使ってみていただきたい。
生まれては消え、また消える言葉たち。 一応物書きを自称する僕としては、一つでも多く、時代に、そして人々の心に残る言葉を創りたいと願ってやまぬ今日この頃でなのである。
 |