短編小説 NO.2『新入社員』
短編小説 NO.2『新入社員』



 僕は今年で25になるのだが、会社では一番の年下だ。
 長らく続いた不況の影響か、僕の入社年次を最後に、我が社では新卒も中途も採用を見送っている。巷では空前の売り手市場だと言うのに、だ。
 おまけに、人件費削減とばかり、ここ何ヶ月かの間に、僕が入社以来お世話になった先輩たちが続々と「依願退職」させられている。巷では景気回復傾向にあるというのに、だ。
 これはいよいよ業績の悪化に歯止めが掛からなくなったのではないかと不安になり、最近の愛読書が競馬情報誌から転職情報誌に変わりだした、そんなある日のことである。

「ねぇ、ウエダ君、もう聞いた?」
 僕が出勤するやいなや、同期のユカリが声を掛けて来た。
「何の話?」
「新人」
「はい?」
「だから、新人が来るらしいよ、新卒」
 そう言えば、そんな季節である。日々の忙しさにかまけて忘れていたが、道理で鼻がむずむずするはずである。スギ花粉が元気一杯に飛び始めているようだ。
「3年ぶりよね、私たち以来」
「だな、なんともめずらしい」
「やっと私たちにも後輩ができるわ。女の子ならいいな、そしたら、そいつにコピー取りとお茶汲み全部押し付けてやる」
 ニコチンガムをくちゃくちゃさせながら、ユカリが意地悪そうに笑った。
 いまだに女子社員にコピー取りとお茶汲みをさせている我が社も我が社だが、この女もこの女である。

 ユカリの仕入れて来た情報は本当だった。その日の朝礼で、人事部長より新人が皆に紹介された。
 背が高く、顔の彫りが深く浅黒い男だった。外人さんみたいだなと思ってよく見たら、本物の外人さんだった。
「コンニチワ、スミス、トイイマス、アメリカカラキタノデヨロシクデス」
 漫画に出て来る外人キャラみたいな片言で、スミスはたどたどしく自己紹介した。たったこれだけの発言をするのに、随分と派手なボディーランゲージをしていたのも、おかしいくらい外人さんっぽい。おまけにスミスは、女子社員たちに向かってウインクなどしてみせた。
「あら、結構イイ男じゃん、アメリカン」
 ユカリがぽつりとつぶやいた。
「私、ちょっと誘っちゃおっかな」
「おいおいユカリ、お前には彼氏がいるだろ」
「バレなきゃいいのよ、あんたんときみたいに」
「・・・」
 男と女はいつも複雑である。

 スミスはすぐに社の人気者になった。彼のアメリカ人特有の明るさは、管理職の連中に「さすがアメリカン、オープンだ」と変な評価をされ、その不慣れな日本語は「チョーカワイイ」と女子社員(と言っても、平均年齢30強だが)の好奇心の的となっていた。
 ところが、二週間ほどで風向きが変わってきた。
 スミスは、仕事が全然できなかったのだ。
 彼はアメリカ人なので当然英語はペラペラだが、日本語は日常会話がギリギリで、ビジネスに関する用語などはまったく解さないし、上達もしない。話すのも読むのも書くのもである。
「ウエダサーン、報告書デキマシタ」
 そう言ってスミスは、なぜか彼の教育係に任命されてしまった僕にレポートを差し出す。それらは全て、美しい筆記体の英語で書かれてあり、僕は辞書を片手にそれをいちいち翻訳して課長に再提出するのだ。こんな手間を繰り返していては仕事がはかどるはずもない。おまけに、スミスの報告書は小学生の日記レベルであることがほとんどだった。しかし、
「馬鹿野郎、こんなガキの作文みたいなレポートを提出する奴がどこにいる、お前の翻訳が間違っているんだろう」
 と課長にどやされるのは僕なのだ。割に合わない。

 スミスが仕事が出来ないことに気付き始めた同僚たちは、彼にお茶汲みやら買出しやらの雑用をやらせようとしたのだが、彼が淹れてくれる「お茶」とは、ティーパックを破いて茶っ葉をお湯に浮かべたものだし、スポンジ買って来て、という依頼に対して、新聞のスポニチを買って来って平然としている。
 たまりかねた僕は課長に苦情を言いに行ったが、
「まあまあ、これからのグローバル社会には、スミスのような人材が必要なんだよ」
 と、あっさり肩透かしを喰らった。そのときは、確かにそういうこともあるかなと思ったのだが、弱小着物メーカーの我が社にグローバルな時代など来るのだろうか。浴衣の国際的ブームが訪れる日を待つばかりである。

「だいたい、どうしてあんな奴を採用したのよ」
 数人の同僚と定期的に開いている宴席では、自然とスミスが酒の肴として遡上に上った。「女帝」というニックネームを持つタジマ女史が、ビール片手に怪気炎を上げる。
「何でも、専務の義理の息子らしいっスよ」
 と、これは早耳で有名なマツムラ先輩の情報。
「義理の息子?」
「正式には、義理の息子候補。専務の娘さんの彼氏だそうで」
「国境を越えたコネ入社ってわけか」
「六本木のクラブでDJやってて、そこの常連客だった専務の娘といい仲になった。でも収入が無いから、娘さんはパパに泣き付いた。パパ、私の彼氏を何とかしてあげて」
 なるほど、世間ではよくある話である。タジマ女史は憤懣やるかたなしといった様子で、裁判になれば間違いなく名誉毀損で敗訴するであろう口汚い言葉でスミスを罵倒した。
「ユカリ、今日は随分静かだな」
 隣りでぼんやりモスコミュールを飲んでいたユカリに言う。
「スミス・・・まぁ、なかなかの使い手だったわ」
「・・・」
 男と女はいつも複雑である。

「ウエダサン、日本語ヲ教エテ下サーイ」
 宴席の数日後、相変わらず失敗ばかりのスミスが、めずらしく真剣な表情で僕に呼び掛けて来た。
「モット日本語上手クナリターイ」
「ほわい?」
 僕は単純明快にその理由を問う。聞けば、スミスは次回のプレゼンに参加することになったのだと言う。僕はその判断を下した課長の神経を疑った。
「オネガイダヨ」
 馴れ馴れしく俺の肩に手を置くスミス。おととい来やがれと一喝してやろうと思ったが、ふと、僕の心にイタズラ心が湧き上がり、それはむくむくと脹らんでいった。
「おーけー、あいむ、てぃーち、ゆー」
 僕はスミスの頼みに応じることにした。

 一週間後、プレゼン当日がやって来た。我が社からの出席者はスミスと課長、それに僕の3人である。
 場を仕切ったのはスミスである。スミスはたどたどしいながらも的確に、我が社の新製品を説明していく。僕の熱心な語学レッスンが実ったようである。じっくり教えてみると、スミスはなかなか飲み込みが早かった。
取引相手である結婚式場関係者たちも、楽しげにそれを聞いている。国際商社であれば外人さんのプレゼンターなどめずらしくも何ともないが、この業界ではやはり異例であろう。課長の鼻の穴がぴくぴくとしている。してやったり、と思っているときの、この人のクセである。
「以上デ紹介ヲ終ワリマース」
 スミスに拍手が浴びせられる。これから質疑応答へと場面は移っていく。
 さて、本番開始である。

「質問ノアル間抜ケ野郎ハ誰デスカ?」
 スミスが発した言葉に、僕以外の全員が椅子から転げ落ちそうになった。課長は実際転げ落ちた。
「サア質問シテミロ、フヌケドモ」
 スミスは満面の笑みである。当然だ。こいつは、この言い方が最上級の敬意を表す日本語だと信じている。
「あ、あの」
 状況が飲み込めないながらも、一人の出席者がおずおずと手を挙げた。
「値段の方は、もう少し安くなるかね」
 スミスの表情がキッと変わる。上出来だ。彼は実に語学の先生に忠実である。もう少し安くなるか、それは英語で言えば、あの四文字に匹敵する侮辱語だと、僕は教えてある。
「シャラップ、キルユー」
 スミスは堂々たる態度で切り替えした。発言者は口から泡を吹いて卒倒した。静まりかえる場。スミスの言葉が、その場をさらに凍てつかせる。
「デハ、茶番ハコレデオシマイデース」
 日本における会合の締めの言葉、と僕に言われた台詞をスミスは満足げに吐いて、ドウデスカとばかり課長を見た。
 課長はすでに気絶していた。
 僕は椅子を蹴るようにして退出して行った取引相手を丁重に見送った後、ゆっくりと課長を介抱してやった。

 数日後、スミスと課長と専務は「依願退職」した。

 一年後。
 我が社は一時期の業績不振を奇跡的に脱し、折からアメリカで起きた浴衣ブームに乗って、現地の「日本文化普及財団」なる団体と業務提携する運びとなった。その責任者には僕が抜擢され、僕は単身、アメリカへと渡った。
 当然のことながら、財団の職員はアメリカ人ばかりである。僕は神経の磨り減る思いをしながら、かろうじて日々の業務をこなして行った。地元のブロンド美女との甘い一夜がせめてもの慰めである。
 ある日、そこでの上役から、次回のプレゼンに参加するよう命じられた。僕が自信なさげにしていると、同僚のボブがにこやかに話し掛けて来た。
「大丈夫サ、ウエダ。俺ガ英語ヲ教エテヤルヨ・・・」
【2007/03/18 01:03】 | 月の砂漠 | トラックバック(0) | コメント(0)
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