今日のテーマ「相場」
世の中には“相場”と呼ばれるものがある。
元来は、江戸期における大阪堂島に代表される米市場で、金と米の交換レートを指し示す言葉として使われていた。 「相対する物を取引する場」 の意味と思われる。 (※他説あり。クレーム厳禁)
近代では、やはり株や通貨のレートを表す言葉として使われることが多いだろう。転じて、それが物事の道理である、というときにも使われている。
「最近寒いね」 「そうだね」 「この分じゃ来年の8月頃は氷河期だねー」 「それは大袈裟だよ」 「・・・」 「ん?」 「俺、いまボケたの!」 「ああそう」 「ボケたらツッコんでよ!」 「そうなの!?」 「そうだよ、それが相場だろっ」
というように。
それはともかく。 相場である。 この相場というのは、いまいちわからないことが多い。 絵や壺など高額品の相場を持ち出すまでもない。 古本の相場の話である。 今日はそんな話を一つ。
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趣味である本棚の整理をしていたら、随分昔に読んだ本が姿を現した。 『ヒトラーの第二次世界大戦』 という本である。 (※『ヒトラーの野望』もしくは『ヒトラーの戦い』あるいは『ハリーポッターとヒトラーの石』だったかも知れない。確かな題名を失念した。クレーム厳禁)
この本、シリーズもので1巻〜10巻まである。内容は、ヒトラーを軸にした当時の欧州戦線を描いた歴史物である。 あぁ、そう言えば学生時代に読んだなぁと思い起こし、でもしっかり読んだかなぁ、ぺらぺらと流し読みしただけだったような気がするなぁ、もう一回読もうかな、いやちょっと読むの疲れそうだなぁ、うんもう読まないや。
といった内容のことを、DS版『三国志』を漠然とやりつつ考え、よし、古本屋に売っ払うかと決断した。
この『ヒトラーの・・・』何だっけ、ああそうだ『ヒトラー三丁目の夕日』は、前述のように全10巻ある。しかも歴史物である。この手の本は、全巻セットでそこそこの高額で売れることが多い、というのが、ぼくが以前、近所の古本屋のオヤジから聞いた相場である。
そのオヤジの店へ行こうと思ったが、残念なことにその店は3年前に潰れて、いまは中古のアクセサリーショップになっている。気のいいオヤジだったが商売には向かなかったか、世の中は非情だなぁと痛感していたら、店内でオヤジが指輪を鑑定している姿が見えた。あの日の衝撃をぼくは忘れない。
と、いうわけで。 ぼくは自転車こぎこぎ、隣町まで出張って来た。目指すは、無く子も黙る古本チェーン最大手の黄色い店である。 店内に入り、カウンターで店員に『ヒトラーは見た目が9割』全10巻を預け、査定結果を待つ。待ちながら考える。 黄色い店では文庫本の相場はだいたい幾らで、しかし、今回は何しろ10巻セットで、しかも人気の歴史物だから、多少の付加価値が見込まれて・・・500円てとこか。煙草を買って珈琲飲むのに丁度良いな。
やがて査定が終わり、先方の買値を告げられる。
店員「100円です」 ぼく「てことは、全部で1000円?」 店員「全部で100円です」
そんな馬鹿な。 ぼくは思わず口に出して言いそうになった。
店員「馬鹿なと言われましても・・・」
ああ、しまった。口に出して言っていた。
ぼく「いやいや、1冊が10円て安過ぎません?」 店員「汚れや痛みが激しいのでこの値段です」
なるほど。言われて見れば『ヒトラー館の殺人』は、どれも著しく外形が劣化している。付加価値を無視すれば、この査定はしごく妥当と納得せざるを得ない。
店員「いかがされますか?」 ぼく「すいません。持って帰ります」
ぼくは店を後にした。あきらめて100円で売ってしまっても良かったのだが、他の店ではどんな値が付くのが、ちょっと試してみたくなったのである。 などと説明したら綺麗過ぎるか。 要するに、自分で思っていた相場より遥かに安い値段を告げられたので、いやそんなことはない、店によってはもっと高値が付くはずだ、それを絶対証明してやる!と、まぁ少々意地になったのである。 ふと手元を見ると、10人のヒトラーが、貧乏画家時代に食うや食わずで困窮していたときのような悲しい目でぼくを睨んでいた。大丈夫、お前の価値は10円なんかじゃない、いましばし待ってろ。
ぼくは自転車こぎこぎ地元の街へ戻り、今度は、本からゲームから服から玩具から中古品一切を取り扱ってます、という店に行ってみることにした。 この店では、以前、漫画『魁!男塾』を何冊か買ったことがある。が、何かを売ったことはまだなかった。 ちなみに『男塾』は巻数の若いものは多く中古市場に出回っているが、最終巻近辺になると全然お目にかからなくなり、話の結末を知ることが出来ずにいる。 とある店員氏によると、 「最初人気があり、その後人気が低迷して(雑誌連載などが)打ち切られた漫画によくある流通パターン」 だそうである。 そんな『男塾』来春映画化だそうな。そして主題歌を唄うのは何と! まぁ、それは別にいいとして。
店内に入り、査定カウンターを訪れると、学生バイト風の女性店員が出迎えてくれた。胸元に、 「スーパー鑑定士」 という名札が光っている。 ぼくは圧倒された。見た目はふつーのおねぇちゃんだが、 「スーパー鑑定士」 果たして、大手チェーン店では1冊10円と断じられたヒトラーは、どう評されるのだろうか。
ぼく「これを売りたい」 スーパー鑑定士「拝見いたします」
スーパー鑑定士は、一冊一冊を丁寧に手に取って眺め、本の表紙、背表紙、奥付などをチェックする。時折、小首を傾げてみせたり、小さく頷いたりする。 緊張の一瞬だ。
スーパー鑑定士「査定結果が出ました」 ぼく「い、いくらですか?」
ぼくは緊張を表に出さないよう注意して言った。
スーパー鑑定士「まぁまぁ、そんなに緊張なさらず」
あぁしまった。ばれていた。
ぼく「は、早く値段を!」 スーパー鑑定士「では。全部で・・・」 ぼく「ぜ、全部で・・・?」
幾らだ?やはり相場は100円か?せめてもう少し高く。
スーパー鑑定士「7円になります」
ぼくはその場にひっくり返った。 ななな、7円!? ななな、なぜ!?
スーパー鑑定士「はい。2、5、8巻は買取不可」 ぼく「不可!?」 スーパー鑑定士「残りが7冊×1円で計7円」
明解な計算式を提示されてしまった。付加価値どころか1冊1円の低評価である。まるで、バブル後に破綻しハゲタカ外資に買収されたゴルフ場の値段ではないか。しかも、リャンウッパーの筋は買取不可と来たもんだ。 手元のヒトラーは、米軍にノルマンディーに上陸された時のような驚愕の表情でスーパー鑑定士を見つめているが、一方、スーパー鑑定士も、その時の米軍のアイゼンハワー長官のように冷厳な目をしていた。
スーパー鑑定士「どうしますか?」
手のひらにアルミ硬貨7枚を載せたスーパー鑑定士に、丁重に断りの言葉を述べて、ぼくは店内を後にした。
こんなことなら、チェーン店でおとなしく100円で売っておけば良かった、後悔の念が頭をよぎる。かと言って、すごすごとチェーン店に戻り、 「やっぱり100円で買って下さい」 というのもかっこ悪い。 うーむ、どないしよ。 ぼくは、ヒトラーから無理無体な指令を受けたゲッペルス大臣のように苦悩しながら、自転車でしばし街を流した。
ふと、一軒の小さな古本屋が目に入った。最近出来たばかりの個人商店である。仕事帰りに何度か覗いたことがあった。 案外、こういう店の方が当たりかも知れない。 ぼくは祈るような気持ちで、店内に入った。
結果から言うと、やはり“当たり”だった。 その店の主人と思しき中年男性から告げられた値は、何と何と驚くなかれ、600円である。 ぼくが当初思っていた通り、歴史物+全巻セットの付加価値が付くという話だった。 ぼくは喜び小躍りして、店主に、店の中で踊らないでと叱責されつつ、10人のヒトラーを手渡した。 ヒトラーたちは、花の都パリを陥落させたときのような満足げな表情を浮かべていた。
それにしても、である。 古本の相場というのはわからない。
他日、友人のH君と話していたときのこと。 最近どんな本を読んだか、という話題になったとき、H君が言った。
H「なあ『ヒトラーの何とか』って持ってなかった?」 ぼく「え?」 H「だいぶ前か。学生のとき?」 ぼく「ああ、確かそうだったかな」 H「最近、歴史物好きでさ。貸してくんない?」 ぼく「あー・・・もうない」 H「残念。買い取ってもいいと思ってたんだが」 ぼく「いくらで?」 H「2000円までなら」
2000円!? しまった。こいつに売るのが一番賢かった! 後悔先に立たず。 大切なことほど身近にある、というのも、そう言えば世の中の相場である。
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