今日のテーマ「小一時間」
先日のことである。 友人と会食の予定があり、私は待ち合わせの街に向かった。 約束の時間は午後七時。集合時間より早めに着くよう常に心掛けているのが、私の数多い良い点の一つである。その他に良い点はと言うと、多過ぎてすぐにはちょっと思い付かない。
その日も私は、これといった用事もなかったこともあって、早めに家を出て迅速に電車を乗り継ぎ、現場へ到着した。 ふと時計を見ると、まだ集合の一時間前である。 うむ。さすがに早く着き過ぎた。 待ち合わせの相手が長澤まさみや蒼井優なら、私がこんなに早く到着してしまったのも仕方のないところであろう。はやる心が体を動かすのである。が、今日のお相手は毎度お馴染みのH君である。別におめかしして気合いを入れて会う相手というわけでもない。逆に、そうだったらH君も仰天であろう。
さて、どうしよう。 なにしろ一時間である。何かを為すには短い時間だが、何も為さぬには長い時間である。中島淳も「山月記」の中でそんなことを言っていた。いや、あれは一時間ではなく人生そのものだったか。それはともかく一時間である。 この一時間をまったく無為に過ごすことは、何だかとってももったいない気がする。一時間あれば、案外いろんなことが出来るのではないか。 そう考えると、私は居ても立ってもいられぬ性格である。何かをしなくては気が済まない。こういうことが前にもあった。いつどんなことがあったかはちょっと思い出せない。
さて、どうしよう。 今が春なら、暖かな夜風を浴びながら、蕾のふくらむ木々を眺めて散歩するのも悪くはない。うっすら月でも出ていれば言うことはなく、一人の世界に浸れる。 が、何せ今は冬である。それも真冬である。だいたい、こんな寒空の元でぶらぶら街を歩くのは「ちい散歩」収録中の地井武男くらいのものであろう。 私は散歩をあきらめた。
では、一体何をしよう。 駅前を見回すと本屋を見つけた。そうだ、立ち読みでもしよう。あるいは、面白そうな一冊を買って、喫茶店で読んでいてもいい。 だが待てよ。私のこれまでの経験からして、一度本屋に入ってしまうとあの本もこの本も気になり、一時間で出て来られなくなることも稀ではない。せっかく早く着いているのに、立ち読みに耽って結局遅刻では本末転倒である。 私は立ち読みをあきらめた。
さらに駅前を見回すと、カラオケボックスが見えた。 一人カラオケでヒマ潰しなどもおつではないか。現在密かに練習中の「創聖のアクエリオン」を唄い試して来るか、あれはなかなか良い曲で、気合いも入るというものである。 だが、待てよ。たかだかH君ごときと会うのに、なぜ事前に気合いを入れる必要があるのか。うん。ない。 それに、一人カラオケと言えば、過去に決して良い思い出があるわけでもない。 (↑過去のブログ参照) 私はカラオケを断念した。
うーむ、困った。こうして考えると、一時間の使い道は難しい。これが友人のS君であれば、パチスロで小金を稼ぐところなのだろうが、私はあいにくパチスロをたしなまない。 そもそも私はギャンブルが嫌いである。ギャンブルなどいずれは身を破滅させるに決まっている。おお怖い。だから私は、競馬と競輪と競艇と麻雀と賭けトランプとロト6以外のギャンブルには絶対手を出さないのだ。パチスロなどとてもとても。
電話でもしようか。誰かヒマそうな友人を見つけ、他愛もない雑談に花を咲かせるのも悪くない。 とは言え、私は友人が少ない。では誰に電話しよう。そうだちょうどいい奴がいた、H君にしよう。って、これからH君と会うんじゃん!
・・・寒い。
一月の風が身を裂く。今年は厳冬である。
うーむ、うーむ困った。何をしよう。売店で夕刊紙でも買って読んでいるか。いや、それは帰りの電車の中での楽しみに取っておくからボツ。それではファストフード店でポテトでもつまんでいようか、いやいや、これから食事するってのにそれも何だかおかしな話だ、それでは、えっと、えっと、
「よお、お待たせ」
ふいに背後から声を掛けられた。あ、H君だ。 私は時計を見た。 小一時間が過ぎていた。
 |