「3月の空」
3月になると、決まって思い出すことがある。 卒業式の後、歩いたあの道の、あの空のこと。
小学校、中学校、高校、大学。 いつの卒業式だったかは内緒の話。 それでも、卒業式の話。
式典はいつも退屈だ。校長先生の祝辞、来賓の挨拶。もし僕が彼らの立場だったら余計なことは言わない。 「卒業おめでとう。頑張ってね。じゃ」 それだけでいい。きっとそっちの方が、なんだか涙が出そうになるかも知れない、そんなことを考えていた。
式典が終わって、卒業生がぞろぞろと会場を後にする。 僕は一人、教室のある校舎へと続く道を歩く。 これと言った感慨もない。 ただぼんやりと歩く。 そのとき、 ふいに、目と目が合った。
あの人だった。
一つの何かに意識を奪われたとき、周囲の景色が止まって見えることを、初めて知った。 あの人はニヤっと笑って、こう言った。
「そっかぁ、ここで会っちゃうもんなんだぁ」
その言葉の響きを、僕は今も忘れない。
あの人は、僕の憧れだった。
あの人のように、カッコ付けてみたい。 あの人のように、奔放になりたい。 あの人のように、空を眺めてみたい。
ずっとそう思っていた。 だから、あの人といっぱい話をして来た。 あの人と、いっぱいいろんなことを考えて来た。 あの人と、いっぱいいろんな景色を見て来た。
あの人に認めてもらいたくて。 あの人が折れそうになったとき、それをそっと、あの人自身も気が付かないくらいそっと、支えてあげたくて。 だから、
だから・・・
お互い、それぞれの道を、力いっぱい生きて行こう。
そう約束した。
もう会わないと思っていた。 会えないと思っていた。 そのあの人と、ばったり会った。 卒業式に。
教室までの道を、僕とあの人は並んで歩いた。 何を話したのかは忘れた。 きっと、とりとめもない話。 もしかしたら、何も話さなかったのかも知れない。 僕は空を見上げた。 何度も何度も歩いた道。 何度も何度も見た空。 あの人も、空を見ていた。
君は、何かになる人だと思う。
あの人が言った。
何かって何?
僕は尋ねた。
さぁ、何だろう。
あの人は笑った。
空は晴れていた。 3月の空が好きだった。 冬でもない。 春でもない。 ただ、風が心地良かった。
じゃあ、またね。
あの人が言った。
うん、また。
僕が答えた。
あの人のすべてが、3月の空に見えた。
いつか。
ぼくは思った。 いつか、またあの人に会ったとき、あの人をがっかりさせない僕になろう。 僕が何になれるかはわからないけど。 あの人が、また笑ってくれるくらい、強くなろう。
またねの手を振りながら、空を見た。 あの人も、空を見た。 だから、僕は3月の空が好きだ。
・・・ ・・・ ・・・
それから何年か経った。
もうあの人とは会えない。 そう思ってたけど。 僕の予感はよく外れるみたいだ。 不思議なもので、今でもたまに会っている。 どちらからともなく、連絡を取り合って、 お互い、力いっぱい生きていることを、確認しあう。
まだ、ちっとも強くなれないけど。 まだ、何かになれていないけど。
あの人のお陰で、ここまで歩いて来れた。 僕が何かになったときは、きっとあの人が教えてくれる。
あのときみたいに、三月の空を眺めながら。 だからその日まで、力いっぱい生きていく。
 |