「ロード・オブ・ザ・チャリ」 〜第1章 発端編〜
私は通勤に自転車を使っている。 自宅から、会社へと向かう列車の最寄駅まで約10分、春の朝も冬の夜も、自転車を漕ぐのが日課である。
このオンザバイクな時間は、私にとって掛け替えのないリフレッシュタイムであり、日頃運動不足になりがちな身としては貴重なメタボ防止策でもある。 本当に運動するつもりならば、むしろ歩けば良い、と言う声もあるが、その声は私の脆弱な足腰には届かない。
その自転車通勤に、問題が一つある。 それを停めておく場所である。
駅の側に駐輪場があることはある。しかし、その駐輪場は、私が普段使う改札口とは反対側にあり、そこへ行くには、一旦駅を迂回しなければならない。
面倒なこと、この上ない。
また、私の通常の出勤時間は、いわゆる通勤ラッシュ時からはやや遅めである。満員電車を避けられるメリットはあるが、その頃の駐輪場はすでに満車状態で、空いているスペースは駅からはるか遠い区画のみである。
面倒なこと、この上ない。
こうした状況下において、人が取る選択肢は限られる。 すなわち、
A:我慢して駐輪場を使う。 B:自転車をあきらめ、徒歩にする。 C:面倒だ、そこらへんに停めちまえ。
もちろん、人によっては、自家用ジェット通勤にする、駅の近くの土地を買い占め新しい駐輪場を建設する、頑張ってルーラを覚える、などの選択肢を考慮することだろう。しかし、私にはどれも不可能である。
とすれば、道は一つしかない。 私は、Cを選択した。
幸い、駅の近辺にはパチンコ店や銀行があり、その店前には多くの自転車が並んでいる。 私は自分のお気に入りの一角を見つけ、そこにマイ自転車を違法駐車するようになった。
時折「違法駐車禁止」のステッカーを貼られてしまうこともある。そんなとき私は、ルールを犯している我が身に痛切な罪悪感を覚え、神に許しを乞いながら、そのステッカーをひっぺがしクシャクシャに丸めてコンビニのゴミ箱に捨てる。
そんなある日。 事件は起きた。
そのときの私の心理状態、及び、その事件に遭遇する直前の平凡でありふれた日常光景を、私はこれでもかとばかりの格調高き美文でとうとうと述べることも出来る。 だが、それはあえてすまい。そうしたことはすべて、事件と言う名の厳然たる現実の前には何ら意味を持たない。 むしろ、その事件に遭遇したときの衝撃、驚嘆、慟哭を如実に表わすには、俗な言葉使いの方が良いとすら思える。 なので、要するところを端的に述べる。
俺のチャリがねぇ。
仕事帰りの夕暮れだった。 いつもの「俺だけの駐輪場」に停めておいたはずの愛車が、影も形もなかった。 カラスが一声、カァーと鳴いた。
これは何かの冗談に違いない。私はそう思い、 「おーい、隠れてないで出ておいで」 と愛車を呼んだ。 路地から一匹の野良犬が現れ、バウっと鳴いて去った。
そうか。私は疲れているんだ。きっと「自転車がない世界」というパラレルワールドを覗き込んでしまったのだ。 私は一度目を閉じ、まぶたを指できゅっきゅっとマッサージして、それから再び開いた。
やっぱ俺のチャリねぇ。
大事件が起きてしまった。 事件とは、かくも平凡で平和な日常に入り込んでいるのか。 私は天を仰ぎ、男泣きにむせび泣いた。
が、泣いていても仕方ない。 私は気を取り直した。気を取り直して、この事件について向き合ってみることにした。
自転車が勝手に消えることなどありえない。あったらこの街はバミューダトライアングルだ。 とすれば、近くのパチンコ店の店員によって、違う場所に移動させられたのだろうか? しかし、ここはパチンコ店の私有地からはやや離れている。やや離れているからこそ、私はこの場所をマイ駐輪場にしていたのだ。言わばここは私の治外法権だ。
では、やはり盗難。
憎むべき犯罪者により、我が愛車は連れ去られてしまったのだろうか。そうだ、それしか考えられない。
とすれば、私の次なる行動は一つである。
私は近所のキャンドゥで、ペンライトと虫眼鏡を購入して、事件現場へと戻った。 犯人は必ず、現場に痕跡を残しているはずである。私は犯人の指紋や足跡が残っていないか、慎重に捜査を開始した。
必ずや、証拠を掴んで見せる!
(次回に続く)
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