「ロード・オブ・ザ・チャリ」 〜第2章 推理編〜
(前回のあらすじ) ある日、私の愛用する自転車が、停めた場所から忽然と姿を消してしまった。盗難だ。そう断じた私は、愛車を犯人から取り返すべく、孤独な捜査を開始した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
入念に現場を検証しながら、私は考えた。 犯人は何者だろう?
我が愛者の美しさに心奪われた変態野郎だろうか。 サドルに頬ずりし、タイヤを撫で回し、荒い息を吐いているのだろうか。嗚呼何とおぞましい、許せない、そのような破廉恥な犯人、私が必ずや成敗してくれる。
あるいは、単なる愉快犯。 小学生や中学生がほんのイタズラ心で私の愛車をさらったのだとしたら。 私は子ども愛している(変な意味ではない)。だが、たとえ犯人が年少であっても、罪は罪である。 罰を持って償ってもらわねばならない。そのときは、私も心を鬼にしよう。
だが、犯人は本当に一人なのか? 私はその考えにハッとなった。 犯人は、大掛かりな窃盗集団かも知れない。自転車を大量に盗みそれを外国に売りさばく国際犯罪結社があると、大沢在昌の小説に書いてあった。
とすれば、私は恐ろしき悪の組織を敵に回してしまったということだろうか。これからたった一人で、闇のマフィアと戦わなくてはならないのだろうか。
私は目の前に現れた強大な敵を思い、震えた。いや、これは怖れのためではない、武者震いだ、そう自分に言い聞かせた。そうだ、敵の姿が見えないから余計恐ろしいのだ。私は怖れをやわらげるため、その組織に、
『デビル・サタン』
と、仮の名前を付けてみた。 デビル・サタン。聞くだに恐ろしい名前である。デビルな上にサタンなのである。 私の頭の中で、某国某所にあるデビル・サタン本部の光景がまざまざと浮かんで来た。数十人に及ぶデビル・サタンの兵隊たちが、血の色のカーペットが敷かれた大広間で、威勢の良い声を上げている。
「盗難万歳!」 「自転車万歳!」
やがて広間の後方から一人の幹部が姿を現し、 「鎮まれ諸君」 と一喝する。 ざわめきに包まれた広場に沈黙が走り、やがて、広間から一段高い場所に設置された玉座に、デビル・サタンのボス、いや暗黒街のボス、キングオブデビルが悠然と登場する。 私は素早く彼の登場テーマを作曲した。 やがて巻き起こる歓喜のコール
「デービールっ、サーターンっ」
そして、キングオブデビルは、兵隊たちに向かってさらなる略奪を命じるのだ。 「全ての自転車を我らに!」 「おーーー!」 「片っ端から自転車を我らに!」 「おーーー!」 「もっとサドルを! 余分にペダルを!」 「デービールっ、サーターンっ」
恐ろしい。なんて恐ろしい。 体の震えがさっきから止まらない。 そして、犯人の手掛かりはちっとも見つからない。
ふと、私は目の前の電柱を見た。 一枚の張り紙がある。 何だろう。足元ばかり見ていて気付かなかった。 私はその文面を読んでみた。
『この辺り一帯は駐輪禁止区域です。条例に従って、すべての違法駐車車両を撤去致しました』
犯行声明!!
そうだ、これは犯行声明に他ならない。キャッツカードに匹敵する大胆さである。
私はさらに続きを読んだ。
『返還を希望する方は、下記の住所(違法車両集積場)まで、罰金4000円を持参の上お越し下さい』
身代金の要求!!
デビル・サタンは、堂々と身代金を要求している。まさに神をも怖れぬ犯行と言って差し支えあるまい。しかも、自身のアジトまでさらすとは何という不敵さ! 私は震えながら声明文の最後の一節を読んだ。
『K区役所・交通課』
デビル・サタンの正体は割れた。 だが、それは私が抗うにはあまりに強大な相手だった。 私は勝てるのか。勝てないかも知れない。となれば、愛車をあきらめざるをえないのか。
私がその場に立ち尽くしていると、どこからか声が聞こえて来た気がした。
「助けて、早くあたしを迎えに来て」
それは、疑いようもなく、我が愛車の声だった。今まで一度も声を聞いたことがないから、疑いようもない。 そうだ。ここで黙って見過ごすわけには行かない。 我が愛車は、私の喜び悲しみをすべて乗せて来たのだ。
私が浮かれ気分でいたときは、突然のパンクというサプライズで祝福してくれた。 仕事が上手く行かず落ち込んでいたときは、唐突なサドルのずれというトラブルを与えてくれた。 まったく今日はツイてないと思ったが、その修復に対処するうちに、仕事上の嫌なことはみんな忘れてしまった。 私が世の理不尽さに憤慨していたときは、予告なしのハンドルの歪みというアクシデントで示唆してくれた。歪んだ道でも真っ直ぐ歩けと。
我が愛車は生きている。生きて、私を支えてくれる。決してただのおんぼろではない。多分違うはずだ。 その愛車を見捨てることは出来ない。
私は決意した。 必ずお前をこの手に取り返すと!
(次回に続く)
 |