ロード・オブ・ザ・チャリ 第3章
「ロード・オブ・ザ・チャリ」
 〜第3章 捜査編〜

(前回のあらすじ)
 これまで2度にわたってお送りして来たが、ここまでの経緯を一言で言うと、
「私の自転車が違法駐車のため区役所に撤去された」
 というだけのことである。詳細は過去2回分を参照のこと。

☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 自転車を取り返すためには、区の「違法自転車集積場」なるところまで足を運ばねばならない。
 では、そこは一体どこにあるのか。
 私の愛車が撤去されたと思しき現場には、その集積場とやらまでの地図が掲載されていた。普通であれば、その地図の通りに進めば良いのである。
 が。
 私のことを多少なりとも知る人はおわかりと思うが、私は常識破りの方向音痴である。
 迷子にならないようにと駅前の店で食事をしながら、駅と反対方向へ堂々と歩みを進めるほどである。
「ねぇ、あんた三歳児?」
 そのときの連れの冷ややかな目線を、三歳児な私を見守ってくれる素晴らしき母性本能、と勘違いしたのは若気の至り以外の何物でもない。何の話だこれ。そんなことはどうでもいい。とにかく方向音痴なのである。

 おまけに、集積場へ行くには、小道や裏道の多い厄介な地区を通らねばならない。私にはお手上げである。ついでに白状すれば、現在置を地図上で見つけられない。
 それではどうするか。
 簡単な話である。
 私は近くの交番に立ち寄ることにした。

 ところが、交番には人気がさっぱりなかった。都内でも無人交番が増えていると聞くが、ここもその一つなのか。
 奥の休憩室に誰か居るかと思い、声を掛ける。
「あのぉ」
 と。
 そこまで声に出して、ふと気が付いた。

 私の訪ねようとしている場所は「自転車集積場」だ。そこへ行く人間は全て、言わば「違法駐車」と言う重き罪の十字架を背負う者たちである。
 私の脳裏に、悪い想像が走る。

「なにぃ、集積場へ行きたいって?」
「は、はい」
「ってことは、あんた、違法駐車したの?」
「はい、ま、まぁ」
「まぁじゃないよ。何でそんなことしちゃったの?」
「つ、つい出来心で」
「困るねぇ、困るよ。あんた、これは犯罪だよ?」
「ご、ごめんなさい」
「ごめんで済んだら警察は要らないねぇ。ねぇ」

 想像の中で、ねちっこいポリスマンが警棒を片手に弄びながら私に迫り来る。
 逮捕→起訴→裁判→有罪濃厚→逆転→再逆転→結局有罪。
 最悪のロードマップが思い浮かび、私は震えた。困る、逮捕なんてされたら困る。レンタル中のビデオの延滞料金がいくらになると思っているのか。

 交番は危険だ。むざむざ死地に赴くも同然じゃないか。私はそう思い、その場から踵を返そうとした。
 そのとき!

「何か御用ですか?」

 私の背後にポリスマンが立っていた。
 い、いつの間に足音一つ立てず私のバックを取ったというのだろうか。彼はSATだ。間違いない。悪質な自転車違法駐車犯である私を始末するため、警視庁によって放たれた刺客に違いない。

「あ、ああ、あの」
 私は完全にテンパった。
「はい。何でしょう?」
 ポリスマンは答えながら、そっと右手を警棒に掛けた。
「べべべ、別に怪しい者ではありませんで」
 こんな怪しい奴めったにおるまい。
「た、ただ僕は道を」
 嗚呼、この先に待つのはどんな道ぞ。
「道を聞きたくてっ!」

 しばしの沈黙。

「何だ、最初からそう言って下さいよ。そんなところに突っ立ってるから、空き巣かと思って。ははは」

 ポリスマンが楽しそうに笑った。こちらは笑えない。きっとポリス界だけに通じるジョークなのだろう。
 しかし、とりあえず話は通じた。

「で、どちらに行きたいんですか?」
「あの・・・自転車集積場に」
「何?」
 ポリスマンの表情が変わった。
 あああ、しまった。これでは自らの犯罪を暴露しているも同然ではないか。もっと婉曲に言えば良かった。

「と言うことは、自転車、撤去されたんですか?」
 ポリスマンが私をねめつける。
 終わりだ。私が行くのは集積場。ただし、犯罪者の集積場。
「は、はい・・・違法駐車しまして」
「違法駐車っ!」
「す、すいませんっ」
「あれはひどいですよねー」
「すいません、僕はひどい男です」
「行政もねぇ、ちょっとやり過ぎなんですよ」

 あれ?
 何だか風向きが変わっている。

 私はよく事情が飲み込めず、ポリスマンに目を向けた。よく見ると、彼は高校生のような幼さが顔つきに残る、優しそうな青年だった。

「僕もねぇ、学生のときやられたんですよ。ちょっと駅前に置いて買物してたら、撤去されてたんです。ひどいですよねぇ」

 ポリスマンは屈託ない笑みを浮かべ、話を続ける。

「あれってね、正直、運なんですよ。係員が来なけりゃ2、3日放ったらかしてても平気で、たまたま撤去日に違法駐車してあったやつだけが持って行かれる。おかしいですよねぇ」

 まさかの展開だった。
 まさか、ポリスマンから行政への愚痴を聞かされるとは。
 その後もしばらくポリスマンの話は続いた。話好きの気の良いお巡りさんである。
 親切なお巡りさんは、交番から集積場の管理事務所へ電話を掛けてくれ、身分証明書や罰金(やっぱりこれは払わないといけないらしい)などについて詳細を問い合わせてくれた。その上で地図を広げ、懇切丁寧に場所を教えてくれた。

 私はすっかり心温まる思いで交番を後にした。
 彼のような好青年が治安を守っているのなら、この街もまだ捨てたもんじゃない。
 私は彼に教えてもらった通り、集積場への道を急いだ。



 ・・・着けなかった。


 忘れていた。
 私は常識破れの方向音痴だったのである。

(次回に続く)
【2008/05/01 00:35】 | 月の砂漠 | トラックバック(0) | コメント(0)
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