ロード・オブ・ザ・チャリ 最終章
「ロード・オブ・ザ・チャリ」
 〜最終章 解決編〜

(前回のあらすじ)
 巨大な悪の組織デビル・サタンとの死闘を続ける勇者私。
 伝説の剣を渋谷センター街の露天商から奪取し、伝説の鎧を東急ハンズ大宮店の地下1階で購入したまでは良かったが、敵の本拠地へと続く関所を守る強力な番人・セコムの高山田課長(42歳♂)の必殺技「根気強い説得」によって、パーティーの一人であった魔術師キチ・ジョージが寝返ってしまった!
 果たして、私の運命やいかに?

 違う。絶対にこんな話じゃなかった。
 過去3回分を読んでから、また戻って来て下さい。

☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 親切なお巡りさんによって集積場への道筋を教えてもらったにも関わらず、案の定、私は現場に辿り着けなかった。
「四つ目の信号を左折」
 と言われていたが、無意識のうちに、五つ目の信号を右折したか、三つ目の信号で挫折したのだろう。
 少しだけ行き過ぎてしまったか。
 少しだけ足りなかったか。
 わからない人にはわかるまいが、方向音痴とはそういう人種のことを言う。

 道に迷ったときは、スタート地点に戻ること。
 方向音痴な私の経験が導き出した、唯一の結論である。

 さて、何度か迷子→振り出しに戻る、を繰り返した後、私はようやく目的地への道を見つけた。
 まだ着いてはいない。
 しかし、ここから先は一本道。さすがに一安心である。

 その道は細い小道で、おまけに周囲には、すでに夜の帳が折り始めている。事件発覚時はまだ薄暮だったのだが、気が付けば月が笑っている。
 道を歩きながら、私は考えた。
 はたして、違法自転車集積場とは如何なる場所であろう。

 ただの駐輪場ではない。集積場である。そのまま読めば、集めて積むのである。自転車を、集めただけでは満足せず、こともあろうに積んでしまうのである。
 私の脳裏に、半裸の大男が浮かぶ。
 わっはっは、わっはっはと笑いながら、違法ステッカーの付いた自転車を千切っては投げ千切っては投げ。大男の脇には、無残に積み上げられた自転車の小高い山。その山の麓で、各々の自転車の持ち主たちが、返せ返せとむせび泣いている。

 ・・・阿鼻叫喚の世界である。

 あるいは、そこは港かも知れない。
 自転車を集めておくには、管理費の面でもスペースの面でも区には負担がかかる。とすれば、哀れな自転車たちは、次から次へと国外へ売られて行くに違いない。

持主「私の、私の自転車を連れて行かないでー」
管理人「へっ、こいつはもう、買い手が決まっちまったよ」
持主「一体どんな買い手だ?」
管理人「大農場の領主様さ。さぞやこき使われるだろうぜ」
持主「ああ、ひどい、せめて人並みの生活を」
管理人「奴隷に人権はねぇんだよ」

 ・・・魑魅魍魎の世界である。

 中世の奴隷貿易の、何とむごたらしいことか。私は欧米の歴史が持つ負の一面に憤りを覚え、何の話だこれは。奴隷じゃなくて自転車の話である。

 そうこうしている間に、目的地が見えて来た。
 そこには(もちろん)港もなければ大男もいなかった。
 広大な敷地だった。
 しかも、アスファルトなどで整備されたわけではない、正真正銘の「土地」だった。
 まるで、モンゴルの大草原のようだった。
 だが、私はモンゴルの大草原を見たことがないので、あるいは全然違うかも知れない。
 確かなのは、そこに、ただただ夥しいほどの自転車が整然と並んでいたということである。その数ざっと数百台。
 ちょっと異様な光景だった。
 しかし、どこか壮大でもあった。
 ところどころに、書き換え可能が看板が立っている。どうやら撤去日ごとに区分されているらしい。
 そして、広大な敷地のほぼ中央に、ぽつんと一棟のプレハブ小屋があった。
 管理事務所のようだ。
 私は、自転車のアーチをくぐるような錯覚を覚えながら、その管理事務所へと向かった。

 事務所では、小柄な老人が一人、背もたれのない丸椅子に腰掛けてお茶を啜っていた。
「あの、自転車を取りに来たんですが」
 私はおずおずと声を掛ける。
「ああ、お客さんは運がいい」
「はい?」
「あと五分で今日の営業はおしまいだった。ギリギリセーフ」
 老人はふがふがと笑った。
 自転車を撤去された時点でアウトだと思うのだが、ここは黙っていることにした。
 私は撤去日(今日だ)を告げた。老人は意外や意外、機敏な動作で立ち上がると、
「着いて来なされ」
 と言って、さっさと歩き出した。

「こ、これですっ、これが僕のですっ」
 大量に並べられた自転車の中から、私は愛車を発見した。
 感動の再会である。離れていたのはわずかな時間とは言え、一度は、もう二度と会えないのかと思っただけに、感慨もひとしおである。
「もう、手放してはならんぞえ」
 老人が言った。
 いや、あるいは、そんなことを言っていないかも知れない。実際のところ、ふがふがしててよく聞き取れなかった。
「空気は要るかえ?」
 今度は確かにそう聞こえた。
「空気ですか?」
「そうじゃ。タイヤにの」
「あ、入れてもらえるんですか?」
「サービスじゃ。ふぉふぉふぉ」
 撤去しておいてサービスも何もないだろうが、僕はやはり黙っていることにした。
 見ると、老人は空気入れを既に手にしていた。そして、慣れた手つきでタイヤの空気穴の栓を抜き、
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」

 早いっ!

 老人は、老人とは思えぬ軽やかさで空気入れを操った。見る見るうちに、萎み気味だったタイヤが膨れていく。
「ふぅ、ざっとこんなもんじゃ」
「す、すごいですね」
「わしの仕事じゃ」
 そう言った老人の目には鋭い光があった。
 もしかすると、この老人は、五十年近くこの仕事一筋に生きて来たのかも知れない。彼の目には、一つの仕事に人生を賭ける者だけが見せる、情熱の炎が宿っていた。
 私は思わず聞いていた。

「あの、このお仕事、長いんですか?」
「ん、一ヶ月前から」
 外れた。新人同然だ。

 では、以前の職がものを言うのかも知れない。彼は間違いなく一級の仕事師である。おそらく、その職を引退した後、この職場にやって来たのだろう。
 彼の前職は何だ?
 彼の敏捷な動き。そして鋭い眼光。
 スナイパー。スナイパーなのだろうか?

「あの、以前はどんなお仕事を?」
「ん、区役所勤務」
 外れた。完全なる事務員だ。

「さて」
 そんな私をよそに、老人は私に手を差し出した。
 何だろう。つないでほしいのだろうか。
「罰金」
 そうだった。忘れていた。
 私は(しぶしぶ)老人に四千円を払った。一緒に管理事務所へ戻り、簡単な書類にサインする。これで、晴れて私の愛車は私の元へ帰って来たことになる。
「今後は、撤去されないよう気を付けなされ」
 老人がまたふがふが笑う。
 私は、ふと気になっていたことを聞いてみた。

「罰金って、何で四千円なんですか?」
「業者への手間賃」
「え?」
「一定期間を過ぎた自転車は廃棄処分になる。が、区にはそのための処理施設がない。だから、業者に頼む」
「業者に、売るんじゃなくて?」
「逆。業者に、区が金を払う」

 業者は、本当に自転車を処分するのだろうか?
 まだ使える自転車を選別して途上国に売ったり、自転車から金属パーツを取り出して別の用途に使用したり。
 それで区から金まで取れたら、大儲かりじゃないのか?

 世の中には様々なカラクリがある。あるいは、この広大な敷地に並べられた自転車の向こう側には、様々な大人の事情が見え隠れしているのかも知れない。

 そんなことをぼんやりと考えながら、私は老人に礼を言ってその場を後にした。
「またお越し下さい」
 背中に届いた老人の言葉が、冗談だったのか本気だったのかは、今でもわからない。

[完]
【2008/05/11 22:20】 | 月の砂漠 | トラックバック(0) | コメント(0)
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