【迷探偵まことの事件簿】 FILE NO.1 『消えたR氏を探せ 〜序章〜』
先日のことである。 ぼくは友人(ここでは仮に『R氏』とする。って言うかこういう仮名を使うと星新一のショートショートに出てくるどこかの研究所の博士みたいだなぁ、と思いつつ、そんなことはどうでもいいから先に進む)と食事をする約束をしていた。 近いうちに飯でも行くか、おう行こう、などと以前から気軽に話していたところ、たまたま2人の休日が一致した日があったのである。 どこに行く、まあ2人の家から真ん中くらいのところがいいだろう、じゃあ渋谷か新宿あたり、そうだねそうしよう、詳しいことはまた前日にでも。 そんな会話をして、その日は別れた。
で、その約束の日の前日である。 夜になっても、R氏からの連絡がない。 向こうから誘って来たのに連絡がないとは、と少々不満に思いつつも、向こうもぼくからの連絡を待っているのかなと理解し「明日は何時にどこ?」携帯メールを送ろうとした。
そこで、はたと思い出した。
にわかには信じ難いが、R氏は携帯電話にメール機能を付けていない。 「電話は、話すためのもの」が自論のR氏は、PCのEメールがあれば充分だと言い張っていた。 よく見れば、ぼくが教えてもらっていたR氏のアドレスは、やっぱりPCのそれである。 とりあえずそちらにメールを送っておこうかと思ったのだが、今度はぼくに問題があった。 ぼくの携帯は迷惑メール防止のため、PCからの着信を弾くように設定されてある。近しい人間のPCからは受信できるように許可設定してあるのだが、R氏のPCアドレスのドメインは、日本最大手のそれであり、このドメインを許可設定してしまうと、迷惑メール防止の意味がなくなってしまうのだ。 そこで、ぼくはR氏に電話を掛けることにした。
とぅるるるる・・・ とぅるるるる・・・ とぅるるるる・・・
出ない。
時刻は夜の10時。まだ仕事中なのだろうか。 とすれば、向こうの仕事が済み、電話が掛かってくるのを待つしかない。 幸い、ぼくは待つことには慣れている。今夜は用事も特にない。 ぼくは暇潰しの友・ゲームボーイアドバンスを取り出し「逆転裁判3」をセット、楽しむことにした。 お気に入りのキャラクターが放った台詞に(その台詞を読むのはもう数回目だったが)感動し、どこかでぼくも使ってやろうと、その台詞を心の手帳にメモする。 そんなこんなで時間が過ぎて、ふと時計を見れば、日付がもう変わっている。それを確認したからというわけでもないが、急に眠気が襲って来た。そう言えば今日は早朝から仕事だった。よし、ゲームはこの辺にしてもう寝ようかと思い、大きなあくびを一つ、寝間着代わりのTシャツとハーフパンツに着替え、ぼくは布団の中に潜っ・・・
あ、電話。
「逆転裁判」に気を取られて、すっかり忘れていた。状況は何も逆転していない。R氏からの電話はない。 一体どうしたと言うのか? ぼくは眠気を振り払い、思考を巡らせる。
R氏は、明日の約束を忘れているのだろうか? いや、そんなことはない。 彼とはまだそれほど付き合いが長いわけではないが、その律儀さと真面目さが伺える場面を何回かこの目で見ている。 しかし、R氏も人間である。仕事の忙しさに追われるうち、ついうっかり忘れてしまっているということもなくはない。 いや、待てよ。 そうだ、明日の約束をしたときのことだ、彼は自分の手帳を取り出し、 「えーっと、○月○日、まこっちゃんと食事、と」 書き込んでいたではないか。 いやいや、待てよ。 もし、その手帳のことすら忘れるほど、彼が忙しい環境にあったら。あるいは、その手帳を紛失し、日程を確認できないのだとしたら。
すっかり眠気もさえて来た。ふむふむ、次第に事の真相が見えて来た。
ぼくは自室を出てキッチンへ向かい、冷蔵庫の中からS社製のウーロン茶のペットボトルを取り出した。喉の渇きを潤し、推理を加速させるためである。 ウーロン茶はS社が一番美味い。A社のそれは味がやや薄過ぎ、I社のそれは濃過ぎる。 部屋へ戻ろうとすると、父が一人でぼんやりテレビを見ていた。夜更かし中年。何を見ているのかと思いきや、プロ野球、巨人戦だった。
ぼく「へぇ、こんな深夜に巨人戦?」 夜更かし中年「うむ」 ぼく「そっか、録画中継になっちゃったか」 夜更かし中年「うむ」 ぼく「驕れる巨人も久しからず。人気低迷だね」 夜更かし中年「うむ」
うむ以外何か言えよと思って父の顔を覗くと・・・安らかな寝息が聞こえてきた。 ぼくはテレビの電源をそっと消し、側にあった薄手の夏掛け(きっと、母の昼寝用であろう)を父の肩口に掛けてやり、リビングを後にした。 自室に戻って、ぼんやりと今後のプロ野球の行く末について案じてみる。 やはり21世紀は地方分権の世紀であろう、全国区の巨人の惨状を思えば、やはり関西に根付くタイガース、そして遠く北の大地で再生を図る我が愛しのファイターズが頑張らねば。 再び睡魔が訪れて、さてそろそろ本気で寝ようか、布団の中に入り、小笠原と新庄の武運を祈る。小笠原って無口そうだよなぁ、でも侍の匂いがして格好良いよなぁ、一度直接、喋ってみたいなあ、直接は無理でも電話くらいなら、
電話。
忘れてた。 ぼくはR氏からの電話を待っていたんだ。 眠気と小笠原を頭から振り払い、先程中断した推理を呼び起こす。
えーっと、どこまで行ったっけ・・・ ああ、そうだ。 R氏は手帳を紛失して、明日の約束を忘れているのかも知れない、というところまでだった。
R氏は約束を失念している。そうに違いない。 とすれば、ここは明日の朝にでもぼくから電話し、 「今日は何の日だー?」 と、やたら“2人の記念日”を作りたがるバカップルの片割れのような口調で聞いてやればいい。それで向こうは約束を思い出し、そして、 「ごめん、お詫びに今日の飯代は俺持ちで」 と言ってくれるに違いない。うしし、儲かった。
待てよ。
電話?
そうだ。さっき、ぼくはR氏に電話した。その電話にR氏は出なかったが、電源はちゃんと入っていた。と言うことは、ぼくのコールは、着信履歴として残るはずだ。 仮にR氏が約束を忘れていたとしても、ぼくからの着信表示を見れば思い出すはずだ。そして、明日の待ち合わせの詳細を決めていなかったことに思い至り、ぼくにバックコールするはずだ。 それなのに、電話をしてこない。 なぜだ?
電話・・・できない? 不吉な予感が脳裏を駆け巡り、背中に冷たいものが這うのを感じる。 まさか、R氏は、ぼくに電話をしたくてもできない状況にあるのか? 何かのトラブルに巻き込まれたのか?
そんな馬鹿なと自分の推理を否定する。 だが、もしその推理が当たっていたら? もし、R氏が今、悪の手先に襲われ、捕らわれの身となって、助けを待っているとしたら? ぼくの思考が猛スピードで回る。
R氏「くそう、卑劣だぞ、悪の手先め!」 悪の手先「はっはっは」 悪の手先の手先「わっはっは」 R氏「へっ、俺を捕らえても無駄だぜ」 悪の手先「何ぃ?」 R氏「俺には、心強い仲間がいる」 悪の手先の手先「はったりだ!」 R氏「きっと、そいつが俺を助けに来てくれるさ」 悪の手先「誰だ、そいつは?」 R氏「正義の勇者・・・まことがな!」
助けにいかねば!! そう、R氏の危機に気付いているのはぼくだけだ。ならば、ぼくが助けに行かねば!
ぼくは寝間着を脱ぎ捨て、少しでも防御力の高いものをと考え、厚手のGパンを穿く。洋服ダンスをバーンと開け放ち、レザーのジャケットを引っ張り出す。真夏にレザー・・・いやいや、見た目など気にしている場合ではない、R氏の命がかかっているのだ、それを羽織る。 武器も必要だ。部屋の隅に置かれた、草野球をする際に使っている金属バットが目に止まる。いや、バットは駄目だ、夜中にバットなんか持って街を歩いていたら、確実に・・・
ポリスマンに職務質問→有無を言わさず署へ連行→取り調べ室で鬼刑事に電灯を眼前に突き付けられながら「吐け吐いちまえよ」→黙秘で耐えるぼく→出前のカツ丼登場→空腹に折れそうになるぼくの心→「なかなかしぶとい野郎だ、仕方ない」鬼刑事退場→入れ替わるように“落としのテツ”の異名を持つ老刑事登場→「故郷のおっかさんが泣いてるぞ」→場の空気に流されうっかり「ぼくがやりました」なぜか自白→法廷→捏造された証拠を持ち出す悪徳検事→自白を覆し徹底抗戦のぼく→裁判長の心象悪化→有罪判決→獄死。 ・・・となることは火を見るよりも明らかだ。
待てよ、その前に電話だ。警察に通報せねば。 ぼくは携帯電話を卓上ホルダから取り、110番をコールしようと、
ふいに電話が鳴った。
驚き、着信表示も確認せずに、出る。 「もしもし」 「あ、オレオレ」 何と言うことだ。こんな大事なときに、時代遅れのオレオレ詐欺に見舞われるとは。 「オレだよ、Rだよ」
・・・え?
「え、あの、R君?」 「そう。ごめんな、電話遅れて」 膝の力がガクッと抜け、ぼくはその場にへなへなと座り込んだ。 そんなぼくの様子を知るはずもなく、電話口の向こうでR氏は快活に喋り始める。
「今日ら、会社の同僚と飲み会らったんらけど、解散しら後、店に携帯を置き忘れれ来らのに気付いれ慌れれ取りに戻っらら、そしらら終電行っちゃっれ、タクシー代もっらいないから歩れるとこまで歩こうとしらんらけど暑いわ酔ってるわでふらふらして、やっぱりタクシー拾おうとしらんらけど、中途半端に歩いちゃっらからタクシー来なくて、そんれ大通りまで戻っれやっと拾えらのよ、で、いまタクシーん中」
酔っているのだろう。それも泥酔。 R氏はろれつの回っていない口調で饒舌に喋り続ける。 ぼくはそれを遮り、一応確認してみる。 「あの・・・悪の手先は?」 「ん、あひるの手羽先?」 「違う」 「よし、明日は焼き鳥れも食おうか」 ぼくは適当に相槌を打って、S社のウーロン茶を喉に流し込む。やはりS社のは美味い。
「でさ、明日・・・いや、もう今日か、のこと」 ようやくR氏が本題に入った。 「午前中さ、ちょっとらけ会社に顔出さなきゃいけなくて、だから待ち合わせは昼過ぎで、場所も、渋谷とか新宿だと遠いから、俺のアクセスに都合良いとこでいいかな」 「いいよ」 もうどうでも。 「じゃあ、改めて昼に電話するわ」 「・・・あい」 「じゃあれー、おやすみー」 電話は一方的に切れた。
ぼくは電話をホルダに戻し、大きく息を吐いた。 全身からドッと汗が噴き出す。R氏の身を案じる緊張の余り、かなり暑くなっていたらしい。 違う。レザーのジャケット着ていた。 ぼくはいそいそと重いレザーを脱ぐ。 まあ・・・R氏が無事で良かった。明日、いやもう今日だが、会ったら、一言くらい文句言ってやろう。 ぼくは自分の「誇大妄想」という名の罪をよっこらしょっと棚に上げ、布団に入った。 こうして事件は解決したのだった。
と。 これで終われば、笑い話で済むはずだった。 しかし、事件はまだ終わっていなかった。 いや、始まってすらいなかったのだ。 このとき、ぼくは知る由もなかった。 この事件の、真の恐ろしさを・・・
(次回に続く)
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